『猛暑ですe.p.』リリースインタビュー
ヒグチアイが夏を彩る作品に込めた“女性の情念”とは 「裏テーマは『バンドマンの男はダメ』」?
「『音楽に生かされている』とは思いたくない」
ーー実際のところ、「猛暑です」はどんなことがモチーフになっているんですか?
ヒグチ:裏テーマは、「バンドマンの男はダメ」なんですよ(笑)。ほんっとにバンドやってる男ってダメなやつが多くて。そういう話をいっぱい聞きまくっていると、ミュージシャンの女の子ってほんとモテないんだなって。
――(笑)。そうなんですか?
ヒグチ:ま、色々上手くやってる子もいますけど(笑)。基本的にはシンガーソングライターって曲に書かれるし、あまりメンタルも強くないし(笑)、あんまりそういう女の子と付き合いたい人はいないと思うんですよ。でもバンドマンの男はほんとモテるから、ファンの女の子とか地方に行った時に相談してくることがあって。「ちょっと、そのミュージシャンの名前教えなよ!」みたいな感じで盛り上がるんですけどね(笑)。中にはそういう男と付き合ってて、それなりに満足してる女の子が必ず存在するというか。端から見たら「絶対やめた方がいい」って思う関係を楽しく続けてる、そこから離れられない人たちって絶対存在するんだなと。しかも、かなりの数いるというのを何となく感じてて。
――なるほど。そういう子たちに向けている曲なのですね。
ヒグチ:彼女たちが、この曲を聴いて「はっ!」と目覚めてくれればいいと思うし、今やってることを、やめようって思えたらいいなって。結構辛いよな、辛かったよなっていうのは、自分もグチャグチャしてた時期もあるから分かるし。まあ、そういう時期があってもいいと思うんですよ。今まで私が経験したり、話を聞いたりした感じだと、おそらく幸せにはなれないんですけど、その「幸せになれない」っていうことを楽しんでいる人もいっぱいいるし(笑)。いずれにせよ、今そのしんどい恋愛の真っ最中の人に、「やめた方がいい」とストレートには絶対言いたくないという気持ちはある。だって「本当はこんなことやってても、ダメなんだよな」と思ってても続いちゃう気持ちは分かるから。そこはジレンマなんですね。
――そういう優しい視点があるから、シビアな状況を歌っていても辛いだけになったり、嫌な気持ちになったりしないんでしょうね。
ヒグチ:だって、そういう時って「やめた方がいい」って言われるのが一番辛いというか。私もそうだったと思いますしね。「だって好きなんだもん、ダメなのそれじゃ?」っていう気持ちはずっと持っていたから。とにかく、共感して欲しいんですよ、そういう時って。「そうだよね、辛いよね」って言ってもらえるだけで救われるところもあるし、アドバイスなんて誰も求めていないというか。
――アドバイスが欲しいわけでもないし、ましてやジャッジなんかして欲しくないのに、最近は見ず知らずの人が他人の人生をジャッジする場面をよく見かけます。
ヒグチ:なんでしょうね。そういう辛い経験をしたことがない人たちなのかな。少しでもあれば、もっと他人にも優しくなれるような気がしますけどね。でもバンドマンの男はダメですよ。それだけは言いたい(笑)。
――(笑)。それで「残暑です」は、「猛暑です」のアンサーソングというか、後日談になるわけですよね。主人公の女の子がちょっとストーカーめいたことをしてしまうっていう。
ヒグチ:そうです。それが、その年の残暑なのか、何年後かの残暑なのかは自分でも分からないんですけど、本当にこんな風になっちゃう人もいると思うんです。私はすごくプライドが高すぎるから、そういう風にはなれないんですけど、なってしまう気持ちは分かるんですよね。私はこの女の子の話を、「うん、分かるよ」って聞いてあげたいし、否定したくないなと。こういう歌詞を書いていると、誰かに嫌われることを本当に恐れている人って多いのだなと思います。それがどんどん悪い方向に向かってしまうのかな。
――多少、嫌われることを諦めるくらい潔くなると気持ちも楽になるかもしれないですね。それが、「やわらかい仮面」という曲のテーマにも繋がるのかなと。冒頭の<うらめばうらむほどわたしはきれいになる>というのが物凄いインパクトですよね。
ヒグチ:アハハハ! この言葉が最初に思いついたんです。よく思うのは、結婚した人がどんどん歳を取っていくのに対して、離婚した人はどんどん若くなるというか、綺麗になったりカッコよくなったりしていくよなという。それは何故かと考えた時、1人で生きていると、周囲からの目というのは絶対に自分を綺麗にする一つの要因になると思うんですよ。さらに、別れた相手を見返してやりたいという思いがあれば、さらに綺麗になるし、そういう女の人の狂気って魅力に昇華されることが多いなと。本当に仲睦まじく幸せな男女より、そうじゃない男女の方が惹きつけるものを持っているというか。まあ、あまりにも不幸だと話は別なんですが。そういうことを描きました。
――人を恨む気持ちって、ともすればその人の心や表情まで歪めてしまうけど、コントロールすれば自分を磨くモチベーションにもできるということですかね?
ヒグチ:何でしょうね。私、心のスピードで言ったら「嬉しい」よりも「悲しい」とか「悔しい」という負の感情の方が速いと思うんです。そのぶんすっごいエネルギーを持っていると思う。だから、どちらにも転ぶというのはあるけど、それをプラスに活かしている女の人は強いし綺麗だなって思うんです。
――そういう負の感情を見逃さず、丁寧に検証しているところがヒグチさんの歌詞の魅力なのでしょうね。
ヒグチ:自分では嫌なんですよね、「嫌だな」と思うことや、イラっとすることがすぐ目に入るから。それを歌にできる職業で本当に良かったなと思います(笑)。私、そういう時にすぐ感情を表に出せないんですよ。不機嫌になる。でも、先日読んだコラムに「ご機嫌でいることは世界を幸せにする」と書いてあったので、三日くらい前からご機嫌でいるようにしています(笑)。ちゃんと自分をご機嫌にする要素を持っておくのは大切ですよね。私、眠いこととお腹すくことがどうしてもダメで、そのせいで機嫌が悪くなるなら、常にお菓子か何かを持っていようかなと。
――こうやってお話を聞いていると、決してヒグチさんはネガティブなだけではないような気がするんですよね。ポジティブなところもたくさんある。
ヒグチ:(笑)。根暗ってことなんでしょうかね。元々は明るくポジティブだったんですけど、好きなことをやっているとネガティブになるんですよね。やりたいことに届かない自分が絶対に見えちゃって、それに対してネガティブになっちゃうと思うんです。だから、何もやっていなければ明るくポジティブでいられたのかもしれない。
――「やりたいことに届かない自分」に対してネガティブになっても、そこでやめようとは思わないわけですよね。さっきの話じゃないですけど、負の感情をパワーにしているというか。
ヒグチ:うん、そうですね。だから「すごくいい!」って自分で思えたらやめちゃうかもしれない、天の邪鬼だから(笑)。とにかく、「音楽に生かされている」とは思いたくないんですよね。自分が生きている中に音楽があってほしいので、ちゃんと生きていかなきゃなと思います。
――ヒグチさんがこれから経験していくことが、どんな音楽になって鳴らされるのかが今後も楽しみですね。それこそシンガーソングライターのあるべき姿というふうに思います。ずっと曲を書いてもらいたいし、聴き続けたいので、あまり幸せになり過ぎて活動を辞めてしまわないよう、ほどほどに不幸でいてください(笑)。
ヒグチ:え、やだやだ! 幸せでいたいよ〜!(笑)。
(取材・文=黒田隆憲)
■リリース情報
『猛暑ですe.p』
発売:2017年7月5日(水)
価格:1,700円(税込)
<収録内容>
1:猛暑です – e.p ver -
2:夏のまぼろし
3:みなみかぜ
4:やわらかい仮面(アニメ「闇芝居 五期」エンディングテーマ)
5:ラジオ体操
6:妄想悩殺お手ガール
7:残暑です
■ライブ情報
『FUJI ROCK FESTIVAL ’17』
出演日:7月29日(土)
会場:新潟県苗場スキー場
『ヒグチアイ(夏)ソロコンサート〜まだまだ猛暑ですツアー〜』
8月26日(土) 東京:R’sアートコート open17:30/start18:30
9月2日(土) 愛知:ヤマハ名古屋ホール open17:00/start18:00
9月3日(日) 大阪:GANTZ toi,toi,toi open17:00/start18:00