リアム・ギャラガー、メインストリームで勝負するための“英断” モダンな意匠施した新曲を解説
とはいえ、リアムらしさを保ったまま、時代に即したアップデートを施し、現代に相応しい曲を用意するというのは、困難なミッションであることが想像に難くない。なにせ、息子にレノンと名付けたり、未だにインタビューでSex Pistolsの話をしたり、好きなものが何十年も変わらない男だ。その音楽的な引き出しは、デーモンやトム・ヨークに比べたら、きっと100分の1にも満たないだろう。それに本人も言う通り、リアムの声こそが“Oasisっぽさ”を担っていたのは確かだが、裏を返せば、彼はOasisっぽい曲しか歌ってこなかった。本人の知名度に反してゲスト・ボーカルの参加経験が少ないことや、事あるごとにOasisへの未練を覗かせるのも、それしかできないからだろう。
いきなりモダンなトラックに走っても、きっと歌えないだろうし、そもそもやりたくない。かといって、単なる焼き直しでは世間に与えられるインパクトも限られる。Beady Eyeの二の舞はごめんだけど、自分には“Oasisっぽい”ことしかできない。それでも新しいことがしたい。というより、状況的にもするしかない。だったら、“Oasisっぽさ”を新しくしよう――こんな葛藤があったのだとしたら、アデルやシーアを更新してみせたグレッグ・カースティンに辿り着いたのは大正解である。ひょっとしたら、再結成したOasisが普通に新曲を出すより、クオリティーの面では有意義な成果が得られた可能性もあるのだから。
古い喩えになるが、ここで思い出すのはAerosmithだ。停滞期を経て、2度目の黄金時代の幕開けとなった1987年作『Permanent Vacation』には、デスモンド・チャイルドやジム・ヴァランスといった職業作家が参加している。窮地に追いやられた彼らは、もう一度生まれ変わるために、自分たち以上に“Aerosmithっぽさ”を熟知するプロフェッショナルの力を借りることにした。その後の成功は、よく知られている通り。もしもそのとき、彼らのプライドが邪魔をしていたら、ロックの殿堂に入ることはおそらくなかっただろう。
もうひとつ、こんな話もある。6月2日付の最新UKシングル・チャートを見てみよう。このなかでロックにカテゴライズされそうなのは、リアムの新曲と、テロ事件によって再浮上したOasisとThe Killersを除けば、Imagine DragonsとParamoreぐらいだろうか(共にアメリカのバンド)。最近のUKバンドだと、2016年のデビュー・アルバムが全英1位に輝いたBlossomsでも、シングル・チャートでは最高で98位止まり。あんなに待たれていた、The Stone Rosesの復活シングル「All For One」でやっと17位だ。ロックバンドがもっと上を狙うには、The Chainsmokersと共演したColdplay(最高2位)のように舵を振り切らないと、なかなか厳しい時代になってきている。
この状況下で戦うには、今までのやり方では通用しないだろう。だとしたら、メインストリームの方法論も取り入れるしかない。一時代を築いたリアムであれば、そう冷静に考えてもおかしくはなさそうだ。
そういえば、「Wall of Glass」の歌詞で「お前はワン・ダイレクション(一方向)を売りつけられた/俺はレザレクション(復活)を信じ続ける/間違っていたのはお前なんだ」という一節が話題となっているが、これを「ポップ・ミュージックにおけるギターロックの復活宣言」だと解釈している人もいるようだ。リアム本人は「俺だってOne Directionのファンに歯向かうようなことはしない」と嘯いているが、彼の変わらぬ音楽趣味を思えば、シーンの現状はきっとおもしろくないだろう。
自尊心の塊みたいなリアムにとって、外部ライターを招くのは勇気がいることだったはずだ。趣味は狭いが譲れないところだらけだろうし、この次でズッコケたら、現在進行形のアーティストとしては致命傷になる。それでも時代をひっくり返すために、ロックンロール・スターは変わることを決断した。その大英断によって、仕上がった楽曲もファッキン素晴らしいのだから、今頃は内心ほくそ笑んでいるのではないか。
奇しくも、同シングルが公開された直後の6月4日には、アリアナ・グランデが主催した自爆テロ被害者の追悼コンサート『One Love Manchester』にリアムが出演。地元・マンチェスターと音楽を愛する人々の非常事態を憂い、会場にサプライズで駆け付けると、かつて「あいつらの音楽を聴くと自殺したくなる」とまで罵っていたColdplayと一緒に「Live Forever」を熱唱して大いに沸かせた。さらに翌日には、同イベントに出演しなかったノエルに対し、「外国にいたのだとしても、ファッキン飛行機に飛び乗ってキッズのために曲を届けるべきだろう」とTwitterで非難。そのあとの展開は各自で調べていただくとして、相変わらずの男気とゴシップ・キングぶりを見せている。
これも彼の才覚だが、そういうニュースで「Wall of Glass」が埋もれてしまうのはもったいない。たったこの1曲で、ソニックマニア(東京)やサマーソニック(大阪)でのステージはもちろん、複数のソングライターやプロデューサーが参加していると噂の、ソロ名義によるニュー・アルバムも俄然楽しみになってきたのは、筆者だけではないはずだ。
■小熊俊哉
1986年新潟県生まれ。ライター、編集者。洋楽誌『クロスビート』編集部を経て、現在は音楽サイト『Mikiki』に所属。編書に『Jazz The New Chapter』『クワイエット・コーナー 心を静める音楽集』『ポストロック・ディスク・ガイド』など。Twitter:@kitikuma3。
■リリース情報
1st Single「Wall of Glass」
2017年6月1日(木)より配信中
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