『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band-50周年記念エディション-』発売記念企画
片寄明人と黒田隆憲が語り合う、音楽史におけるThe Beatles『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の重要性
The Beatlesが1967年にリリースしたアルバム『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の50周年を記念し、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band-50周年記念エディション-』が5月26日にリリースされた。同作はジャイルズ・マーティンが新たにリミックスを手掛けたステレオ音源や、新たにこれまで未発表だったアウトテイクを収録。バンドサウンドからはある意味で逸脱しているサイケデリックな音像の成り立ちがわかり、かつバンドのポテンシャルの高さを今一度体感できる作品に仕上がっている。
今回リアルサウンドでは、ミュージシャン・プロデューサーとして活躍する片寄明人氏(GREAT3)と、音楽ライターの黒田隆憲氏を迎えた対談を企画。彼らとThe Beatlesの出会いから、音楽史における『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の位置付け、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band-50周年記念エディション-』で新たにわかった魅力などについて、大いに語り合ってもらった。(編集部)
「ロックンロールというジャンルを超えたアート作品」(片寄)
ーーまずは音楽史、The Beatles史にとっても重要な作品である『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』の位置付けについて、お二人はどのように考えているのか訊かせてください。
片寄明人(以下、片寄):いつ聴いても、ロックンロールというジャンルを超えたアート作品だなと思いますね。自分にとってのアートというのはスピリチュアルな領域へ意識的・無意識的に関わらず達しているものなんです。それは音楽に限らず、絵画でも小説でも同じですね。『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』は、時代的にもドラッグとの関係が切っても切れない作品ですよね。当時はまだ完全に非合法ではなかったLSDを使って辿り着ける世界が、カラフルな音とサイケデリックな音響でキャッチーに表現されている。と同時に無意識的にスピリチュアルな作品にもなっている。サイケデリックといっても色々あると思うのですが、僕はここまでカラフルでポピュラリティーあるアルバムを他に聴いたことはないですね。
黒田隆憲(以下、黒田):僕が『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を聴いたのは中学生のころで、当時は「ポップミュージックの金字塔」と言われていたんです。その前からThe Beatlesを聴いてはいたものの、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』はそういう事前情報もあって、初めて聴いたときは「これがポップミュージックの金字塔なんだ」と少し意外に思いました。1967年って、The Velvet Undergroundの『The Velvet Underground and Nico』もリリースされていたりと、サイケデリックにとっての黎明期といえるアルバムが次々登場した、“魔法のかかった”一年なんですよね。作品としては、『Revolver』のほうが1曲1曲のポップソングとしての良さはありますが、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』は歪な曲も沢山含みつつ、録音の技術も含めてアルバムとして素晴らしいという印象です。
片寄:確かにそれまでの作品のほうが、分かりやすくいい曲は沢山あるかもしれませんね。でも『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』はキャリアの中でも歪なアルバムのひとつかもしれませんが、徹頭徹尾ポップに受け取れることが凄い。僕がこのアルバムを初めて聴いたのは14歳くらいのときなんですが、変なアルバムだなとは思いながらもキャッチーに感じたのを覚えています。こんなに歪な音楽を世界中のみんなが好きになれるって、すごく不思議なことですよね。僕、実は若い頃、ビートルズを意識的に聴かないようにしてきたんです。
ーーえっ、そうなんですか!?
片寄:もちろんあちこちで無意識に聴きますし、アルバムも1,2枚は持ってたんですけど、じっくり聴き込むようになったのはかなり遅くて。夢中になったのは2005年くらいからなんです。The BeatlesよりもThe WhoとBeach Boysが好きっていうひねくれ者だったから。僕が『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を初めて聴いたのは1982年で中2の時なんですけど、すでにみんなが好きで巨大な存在だったし、高校生にもなると周りにビートルズ兄さんやビートルズおじさんが沢山いて。The Beatlesの話をすると「お前がジョンの何を知ってるんだ」と言われることも多々ありまして(笑)。それでめんどくさくなったのも理由のひとつです。
ーーなるほど(笑)。
片寄:でも、フジファブリックのプロデュースをしているときに、アビイ・ロード・スタジオでマスタリングする機会があったんですよ。そのときのエンジニアがスティーブ・ルークという、The Beatlesのリマスターをはじめ数々の関連プロジェクトを手掛けた人物で素晴らしい仕上がりだったんです。フジファブリックの前の日にはポール・マッカートニーのマスタリングをやっていたということで、ポールが置いていったピックを志村(正彦)君に渡したり、The Beatlesの使っていたスタジオで記念撮影をしたりもしましたね。それ以来、思い入れも出てきまして、オリジナルのモノ盤を中心にアルバムはすべて、シングルもほとんど手に入れて、キチンと向き合って聴き直したら、やっぱりこんなすごいバンドは他にいないんだと実感しました。これまではPilotやElectric Light OrchestraやBadfingerといった、The Beatlesに影響を受けてきたバンドを好きで聴いてきたんですよ。でも、最終的には大本にたどり着いてショックを受けたという(笑)。
黒田:なるほど、そういうことなんですね。僕がじっくり聴き込むようになったのは『赤盤』(『The Beatles 1962年~1966年』)『青盤』(『The Beatles 1967年~1970年』)を聴いたことや、中学校の音楽の教科書に「Yesterday」が載っていたことがきっかけで。『赤盤』がすごく聞きやすいなと思ってThe Beatlesが好きになったと思ったら、『青盤』の1曲目に入っている「Strawberry Fields Forever」が「怖い! ぜんぜんわからない!」と思って(笑)。でも何回か聴いているうちに好きになって、そこから『Rubber Soul』『Revolver』と辿っていったんですよ。その頃はメロディを聴いていたから、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』が歪に感じたし、ダークさで言うと『The Beatles (The White Album)』のようなものに惹かれたんですけど、大人になって色んな部分に気がついたり、『The Beatles レコーディング・セッションズ』を読んでピンポン録音を重ねていたことや4トラックでの録音についてのことを知って。自分が宅録をやっていたこともあり、奥が深いしアートフォームとしても色んな切り口で楽しむ事ができる作品なんだと知りました。オールタイムで好きなのは『The Beatles(The White Album)』でしたね。
ーー片寄さんはプロデュースを初めて以降にThe Beatlesの魅力に気付いていったということですが、The Beatlesを知ることでプロデュースワークに反映されたものというのはあるのでしょうか?
片寄:『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』に関して言えば「A Day in the Life」みたいに超アヴァンギャルドな要素をポップに聴かせるということにとても興味がありますし、これぞ規範だと思ってます。ソングライターとしてもいつかはこんな曲が書けたなら最高です。いびつだけど美しくて浮世離れしていて。この曲を聴くとSF映画の『2001年宇宙の旅』を観たときと同じ気持ちになる。同じようなトリップをさせられるというか。ドラッグ体験を経たジョンが無意識に描いた感覚だと思うんですが、人が死んだらどうなるとか、この世界はこの世界だけじゃないんだろうとか、普通に生きていれば触れないようなものに触れているような感じがするんです。それができたのはジョンが音を理論的じゃなくて直感的に追求していた結果のような気もしていて。
黒田:サイケデリックという概念もなく作ったような感じですよね。
片寄:メンバーはともかく、エンジニアのジェフ・エメリックとプロデューサーのジョージ・マーティンは至ってノーマルだったわけで、そのバランス感ゆえの面白さや不変さがアルバムに宿っている気がします。だから、The Beatlesのサイケは徹底的にポップなんですよね。他のサイケデリックものはもっとパーソナルだったり精神の闇のほうへ行っている。
黒田:彼らはドラッグ体験と幼児体験に類似性を見つけ、それをテーマにしていたようですね。だから「Strawberry Fields Forever」も「Penny Lane」も「When I'm Sixty-Four」にもどこかノスタルジックな雰囲気を感じるんだと思います。
片寄:ノスタルジックなものって、ある意味ドラッギーな魅力があると僕は思いますね。子供の頃に嗅いだ匂いだ…とハッとした瞬間に世界がグニャッと曲がるような感じというか。
黒田:あとは、この作品に至るまでのThe Beatlesが危ない状態だった、ということも大きいでしょうね。『Revolver』を作ってツアーをしても、お客さんが歓声をあげてばかりで曲を全然聴いてくれなかったり、自分たちの声がかき消されたりして、満足できるライブができなかったことでフラストレーションが溜まっていたようですし、ジョンのキリスト発言(「僕たちは今やイエス・キリストより有名だ。(一部抜粋)」)によってアメリカの一部で不買運動があったり、彼自身もドラッグでヘロヘロになっていた。その一方でポールがバンドをまとめ上げなきゃという気持ちを持っていたからか、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』50周年記念エディションのDisc2に入っているデモトラックからも、この作品はポール主導で作った作品なんだなと感じました。
片寄:僕もポールが頑張っている作品だとは思うけど、そのすべてを締めくくるジョンの「A Day in the Life」がとにかく一番好きだし、それがあってこその名盤だって感じるんですよね。バンドとしてはここから崩れていくんだけど、2人が同じバンドにいる奇跡の瞬間がそこかしこに散りばめられている。『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』自体も「A Day in the Life」や「Lucy in the Sky with Diamonds」が無ければ全然違うアルバムになったでしょうし。それは直前に出たシングル「Penny Lane」と「Strawberry Fields Forever」という両極が象徴的だと思うんですけど、ジョンとポールそれぞれの個性が全開であるのに、一人ずつでは決して生まれない音楽というか。自分もバンドをやっている身としてすごくわかるのは、バンドだからこそ生まれるマジックがあるということ。メンバー同士の相互関係でどこまででも変わるんだという事実を突きつけられたような作品でもあります。
黒田:「A Day in the Life」ってジョンが最初に作って、ポールが中間部を埋めたんですよね。僕はそこにGREAT3との共通点も感じていて。片寄さんだけが曲を作らずに、初期だったら途中から高桑さんの声が入ってガラリと変わったりとか。
片寄:GREAT3とThe Beatlesを比べるのは恐れ多いですけど(笑)、バンドとしての音楽の可能性を求めているという意味では自分の理想とするところですね。そういえば、このアルバムはポールのベースもすごいんですよ。自分の曲のベースもすごいけど、ジョンの曲で弾いているベースがまた特にすごくて。
黒田:このアルバムから一番最後にポールのベースを録るようになったんですよね。それもDI(ダイレクト・インジェクション・ボックス)を使って、アンプを鳴らさないで録ったことで輪郭も太くなっている。
片寄:でも、アンプを広いスタジオの真ん中に置いて、空気感のある音で録られたであろうベース音も多いので、その2通りのやり方を使い分けたのかもしれませんね。当時EMIのスタジオは午前中に始まって夜に終わるのが通例だったところ、The Beatlesはそれを無視して徹夜でレコーディングしていたらしいですね。特にポールは朝までひとり残って、時間を掛けて考えながらベースラインを録ったと聞いていますが、それだけのことがあるメロディックな完成度を感じます。
黒田:先ほどソングライティングにおいてポールが頑張ったという話をしましたが、一方でジョンはこのアルバムにおいて革新的なレコーディングを色々と実行に移しましたよね。「Strawberry Fields Forever」は全く違うテンポとキーの2曲をつなげて作ったわけで、『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』50周年記念エディションのDisc2にはその元となった曲も入っていますが、ジェフ・エメリックとジョージ・マーティンのおかげでもあると思うんですけど、それをやらせたジョンがすごいですよね。「Being for the Benefit of Mr. Kite」でもアナログテープをずたずたに切ってもう一回つなぎ合わせたり。そうしたからこそ魔法がかかった部分もあったりして。そのきっかけとして、ジョンが「カーニバルみたいな音にしてくれ」というリクエストもあったそうですね。かたや「Penny Lane」でポールは、バロック・ポップ、チェンバーポップの先駆けとして、バンド・アレンジにおける飛躍的な進化を提示した。