『カルテット』満島ひかりの演技力は“歌”にも表れている 中島みゆきらカバー曲から振り返る

 ドラマ『カルテット』(TBS系)で、松たか子、高橋一生、松田龍平とともに主演を務める満島ひかり。椎名林檎が作詞作曲を手がけた主題歌「おとなの掟」でも、歌唱を披露している。

 満島ひかりが演じる世吹すずめは、巻真紀(松)、別府司(松田)、家森諭高(高橋)とともに弦楽四重奏カルテット「Doughnuts Hole」を組むチェリスト。いつも同じ三角パックの牛乳コーヒーを片手にパジャマで家の中を移動し、どこでも寝てしまう。そしてチェロを持ち4人で音を合わせる時になると、「みぞみぞする」と言って、その派手な色の靴下を脱ぐ。第一話でのそんな登場の仕方から、どこかマイペースな印象を受けたすずめ。しかし、回を重ねるごとに繊細な一面が表に出てきた。

 すずめは幼い頃、“魔法少女”として父親とともにインチキ超能力に関わり、就職してからも、それを理由に会社を辞めざるを得なくなってしまう。お金が底をついた時、真紀の失踪した夫・幹夫(宮藤官九郎)の母親(もたいまさこ)に密偵として雇われることに。報酬金と引き換えに、すずめは真紀の様子を逐一報告するも、真紀と生活を共にし絆が深まるなかで、裏切っていることに深い罪悪感を覚える。一方、「音楽で食べていく」という夢を追う道も、そう簡単にはいかない。やっと掴んだコンサートでも、当て振りを強要されて演奏家としてのプライドを傷つけられ涙を流す。そして、すずめが恋する別府の片思いの相手は真紀だ。すずめはふたりがうまくいくように、真紀が興味を持った店のケーキを買ってくるよう別府に連絡したり、デートに行くようアシストしたりする。「家族」においても「夢」においても「恋」においても、すずめは傷つきながら、それを他人には悟られないように笑顔を作り、時にはひっそりと涙を流しながら、どうにか乗り越えてきた。

 すずめが抱えるその繊細さは、「おとなの掟」にも如実に表れているのではないだろうか。松たか子が堂々とした歌声を披露するのに対し、満島ひかりの声はか細く震えていて、幼ささえ感じさせる。そしてそのコントラストが、「おとなの掟」、そして『カルテット』の世界を、さらに盛り立てていく。

 女優・満島ひかりが歌を披露し話題になったのは、2012年から2013年にかけて放送された『カロリーメイト』(大塚製薬)のCMだ。中島みゆきの「ファイト!」と米米CLUBの「浪漫飛行」をカバー。このCMでは、校庭や屋上に立って歌う満島ひかりの横顔が映されており、一点を見つめ、力強く歌い上げるその姿は大きく印象付けられる。その後、同CMをきっかけに2015年11月、中島みゆきの楽曲を女性アーティストがカバーするライブイベント『中島みゆき RESPECT LIVE 歌縁(うたえにし)』で「ファイト!」と「ミルク32」を歌唱。「ファイト!」はそのタイトルの通り応援歌なのだが、一方「ミルク32」は、少しクセのある曲だ。

 『歌縁』のライブ音源はCD化されており、そこには「ファイト!」のみが収録。「ミルク32」は残念ながらパッケージ化はされていないのだが、ライブの模様は、去年NHK BSプレミアムで度々放送されており、筆者もその番組を通して満島ひかりが歌う姿を見た。「ミルク32」のモデルは、実在する喫茶店「ミルク」のマスターだという。アコースティックサウンドで、スローで気だるいムードをまとった曲を、満島ひかりは、実際にマスターに話しかけるように、笑い声を含ませたり、俯いたり、視線を送ったりしながら歌う。白いドレスを着た満島ひかりは、あどけなさを残しながらも、大人の色気や艶っぽさを感じさせる。「男性にふられた夜に、昔馴染みのバーのマスターに会いに行く」という女性の主人公にすっと入っていき、歌い方や声色、そして立ち振る舞いも変えてその役柄を演じきる、女優・満島ひかりの演技力に魅せられるパフォーマンスだ。「歌手」とは違う、役柄を通して物語や心の変化を体現していく、演者にしかできない歌い方である。

 『カルテット』のエンディングで、満島ひかりは黒いドレスを着て「おとなの掟」を歌っている。劇中のすずめは、人前で演奏する時や職場に行く時以外はいつもオーバーサイズな服を着て髪を無造作に結い、子供っぽさすら感じる容姿をしている。ドラマがスタートした当初は、劇中のすずめと、エンディングのすずめの間にはギャップを感じた。しかし回を重ねるごとにすずめの新たな一面が顕わになることで、そのギャップは埋まり、むしろ劇中のすずめが「おとなの掟」にある複雑な感情の移ろいを表現しているような印象を受けた。「おとなの掟」は、聴くたびに印象が変わり、様々なシーンや心情を示唆するような、不思議な包容力を持った楽曲だ。前回放送(3月7日)のあとに聴く「おとなの掟」は、<云いたいこと溢れ出し姦しい/・・君の前だけだけれど・・>というラインが、すずめが別府に密かに寄せる想いを象徴しているようにも思えた。最終回まであと2話。ラストが読めない展開だからこそ、この主題歌もさらに味わい深いものになるはずだ。

(文=若田悠希)

関連記事