矢野利裕の『ジャニーズ批評』
中居正広がラストパフォーマンスで見せた涙 矢野利裕『SMAP×SMAP』最終回を観て思うこと
テレビのなかの中居正広さんの振る舞いを見ていると、ご自身の「自由」や「欲望」にはたいした価値を置いていないように見えます。テレビ画面を通してその優しさに触れて、僕は中居正広さんを好きになったし、そこに凄みを感じます。中居正広さんにおいて「自由」は、他人に喜びを与えることができないという「抑圧」を意味しています。反対に、中居正広さんにおいて「抑圧」は、他人に喜びを与えるという「自由」な意志とともにあります。中居正広さんは、「自由」とか「抑圧」といった対立構図をのみこんだ、さらにさきにいる存在です。
だから、中居正広さんの涙は、長いあいだ続けてきたSMAPや他のメンバーに対する愛着にとどまらないでしょう。ましてや、現実的な困難に対する苦しさにもとどまらないでしょう。そうではなくて、
5、中居正広さんの涙とは、SMAPとして他人を楽しませ、喜びを与えることができないことに対する痛みのあらわれなのではないか。
中居正広さんの痛みを推し測るとすれば、それは、SMAPという「自由」のともなった「抑圧」が解けてしまうことの、あるいは、SMAPという「抑圧」のともなった「自由」が奪われてしまうことの痛みです。SMAPに対しては、「ありがとう」とも「お疲れさま」とも「解散しないで」とも言いたい気持ちがありますが、いずれも、中居正広さんの複雑な痛みには届いていかないような気がします。これまで必死に書いてきた言葉も、届いていかない気がします。というか、中居正広さんの涙に匹敵する言葉をいまのところ僕にはもち合わせていないのかもしれません。
SMAPの軌跡を振り返った番組において、SMAPのコントや5人旅におおいに笑ったあと、中居正広さんの涙を観て、僕も少しだけ泣きそうになってしまいました。僕にもほんの少しくらいあるかもしれない、他人を思いやる気持ちは、中居正広さんの複雑な痛みのほんの一部を共有できたのでしょうか。
■矢野利裕(やの・としひろ)
1983年、東京都生まれ。批評家、ライター、DJ、イラスト。東京学芸大学大学院修士課程修了。2014年「自分ならざる者を精一杯に生きる――町田康論」で第57回群像新人文学賞評論部門優秀作受賞。近著に『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」 』(垣内出版)、『ジャニーズと日本』(講談社現代新書)、共著に、大谷能生・速水健朗・矢野利裕『ジャニ研!』(原書房)、宇佐美毅・千田洋幸編『村上春樹と一九九〇年代』(おうふう)など。