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MIYAVI『Fire Blird』インタビュー

MIYAVI、挑戦し続ける理由を語る「自分自身にスリルを感じながら生きていたい」

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 MIYAVIが1年4カ月ぶりとなるニューアルバム『Fire Bird』をリリースした。昨年春に発表された前作『The Others』から海外に拠点を移したMIYAVIだが、今作ではよりグローバルな作風で、ロックやダンスミュージックなどさまざまな要素を飲み込んだ、今のMIYAVIにしか作りえない独特な1枚に仕上がっている。

 海外での活動が彼に何をもたらしたのか。このインタビューではMIYAVIが海外進出後どのように戦ってきたのか、そこからどうやって今回の作品に到達したのかが赤裸々に語られている。今作で彼が目指したという「カリフォルニアロール」の真意を、ぜひこのテキストから感じ取ってほしい。(西廣智一)

「相撲を学びに日本に来るのと、ロックしに海外に行くのは一緒」

──MIYAVIさんがロサンゼルスを拠点に活動するようになってから、数年経ちましたよね。

MIYAVI:ちょうど2年ですね。

──海外を拠点に活動していると、日本を拠点に活動していたときとは見えてくるものが変わってくるんでしょうか?

MIYAVI:変わりますね。やっぱり日本から見る世界と、世界の中で見る世界って違っていて。あとは単純に旅していくのと住むのとの違い……言葉、文化、生活様式、教育、グルーヴ、食、気温、湿度、天候、そのすべてが違う環境の中で、改めて自分のアイデンティティみたいなものを感じることも多くて。もともと自分は英語で苦労して、今でも苦労するタイミングがあるので、そういう部分で子供たちにちゃんとインストールしてあげたいという思いもあって。グローバルな社会で何が起こっていて、どういうふうに世界に自分がコミットしていくのか、その基盤をちゃんと学ぶ機会を与えてあげたいなというのも移住の理由のひとつでした。もうひとつはクリエーション。俺たちから見たら海の向こうの出来事だけど、そうじゃないんだよね。実際、ジャム&ルイス(※2014年発売のシングル『Real?』を手がけたプロデューサーチーム)とやらせてもらったときも、ジミー(・ジャム)もテリー(・ルイス)もすげえ熱い人たちで、スタジオにも普通にグラミーのトロフィーとかたくさんあるわけですよ。そこで起こっていることを肌感覚で感じることの意義というか、それを求めて移ったんですけど、いろんな勝手の違う中で親としての責任、そしてアーティストとしての責任、そこが想像よりも遥かに大きくのしかかってきて、やっぱり最初はつらかったですね。

──そういう大変さがあったと。それこそ2000年代以降はインターネットが普及したことで、日本にいても海外で起きていることをリアルタイムで知ることができるようになりましたが、やっぱり現場で肌感覚で感じることが大事なんですね?

MIYAVI:そう。もともと自分自身がそういうテクノロジーの恩恵を受けて、気がつけば地球の裏側のブラジルに自分のファンコミュニティがあって、そこに何千人もいたりする。そういう部分は今の時代ならではのつながり方なんだろうし、クリックひとつで世界中の人たちとつながれることの素晴らしさがあると同時に、そこに対する責任感も生じる。だって自分の何気ない一言が世界中に広まるわけでしょ?

──そうですね。

MIYAVI:じゃあこの中でどうやって自分の作品とメッセージを世界中に届けられるのか、と。今までは内需ばかりだったけど、外需を見たら今は非常に面白い時代だと思うんです。例えばハワイやモンゴルから相撲を学びに日本に来る外国人の力士がいるじゃないですか。一緒なんですよ、僕がロックしにアメリカに行くのも。やっぱりそこで生まれたもの、そこのルーツを感じることによって、改めて「自分とは?」「MIYAVIとは?」っていう部分をもっと日本人として、アジア人として意識することができるんです。もちろん勝手も違うしテンポまで違うんで、正直つらい部分もある。BPMなんて5から10ぐらい落ちるんじゃないかな。そういう意味でも、リズムのポケットやグルーヴの谷間を楽しむという文化も含めて、日々学んでます。

「若手とセッションをする中でカリフォルニアロールを作りたい」

──前作『The Others』と今作『Fire Bird』をいちリスナーとして聴いたとき、「日本だから」とか「海外だから」とかそういうことを感じさせない、そして何かにカテゴライズされない、純粋に楽しい作品だなと感じたんです。

MIYAVI:嬉しいですね。良くも悪くも日本臭さというものをどうアレンジするかは、魚を調理するときにお酒を入れたりみりんを入れたりするのと一緒だと感じています。あとは音楽的なアナロジーでいうと、カリフォルニアロールがひとつのキーワードでした。

──お寿司のカリフォルニアロールですか?

MIYAVI:そう。今回は若いソングライター、特に20代前半のソングライターたちとたくさんセッションをしたんだけど、ジャム&ルイスとかドリュー&シャノン(※前作『The Others』を手がけたナッシュビルのプロデューサーチーム)とか大先輩から学ぶこととは違っていて。どちらも刺激的ではあるんですけど、今回は若手とセッションをする中で、また沢山の発見がありました。そして今、MIYAVI が作るべきものはカリフォルニアロールなんだ、と。それが今のMIYAVIの、第何章かはわからないですけど、このタイミングでの使命だと思っているんです。僕はワサビもシャリも海苔も持ってるけど、アボガドは持ってない。そのアボガドというのがグローバルなミュージックの視点でのメロディ感覚だったりグルーヴだったり、言語の響きであったりして、ある種臭みを消すブリッジになる部分なんです。

──なるほど。

MIYAVI:僕はカリフォルニアロールをマジな寿司だとは思わないし、そもそも食べないけど、あれが日本文化を広めるに当たって残した功績は大きいと思うし、そこはしっかり評価した上で、解析すべきだと思うんですよね。あれをクッションにして寿司がこれだけ世界に広まったという。俺はこれまでスラップを通じて、ある種、ワサビで勝負してきたんですね。インパクトでいうと皆、「なんだこれは!?」とインパクトとオリジナリティはある程度あるんだけど、じゃあそれを朝昼晩食いたいかというとそうではないじゃないですか。コンシューマー(消費者)に「もっと食べたい!」と言わせて初めて勝ちというか。そこで今は、アボガドの分量をアジャストしながら、新しいオリジナルロールを作ってる感じなんです。前作の『The Others』では、パンで巻いちゃったりケチャップを付けちゃったり、もっと試行錯誤してたんですけど、今作でようやくカリフォルニアロールの形になってきたかなと。各曲ともアボガドの分量は違うんですけど、やっと寿司っぽくなってきたなというのはありますね。

──そのへんが今年に入ってから掲げているテーマ「NEW BEAT, NEW FUTURE」につながっていくと。今回このテーマを掲げて活動していこうという理由は?

MIYAVI:断片的に曲を作っていく中で、どの曲も「解き放つ」というマインドが共通していて。「心さえ折れなければ何度だって飛べる」っていう、その不屈のスピリットみたいなものは一貫してあった上で、今作の全体像がだんだんと見えてきたところで、これがこのアルバムのテーマとしてぴったりだと思ったんです。

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