3rdアルバム『Good Morning』インタビュー
SALUが抱く、音楽シーンへの問題意識とその表現「売れることは大切だけど、全部を“仕方ない”で済ませたくない」
SALUの3rdアルバム『Good Morning』が、4月20日のリリース以来、その高い完成度とコンセプチュアルな内容で、日本語ラップシーンはもとより幅広い音楽シーンで熱い注目を集めている。自らトータル・プロデュースを手掛けた本作には、Salyu、tofubeats、水曜日のカンパネラ・kenmochi Hidefumi、スチャダラパー・SHINCO、中島美嘉など、SALUがリスペクトする数多くのゲスト・ミュージシャンが参加。全編を通して心地よいサウンド・メイキングが施された明るい色調のアルバムながら、多様な音楽的アプローチとひねりの効いたメッセージで音楽シーンに一石を投じる本作は、どのように生み出されたのか。全収録曲についてじっくりと掘り下げ、その背景にあるSALUの問題意識や音楽観、表現論に迫った。(編集部)
この世の中は“これで良い”だけがまかり通っていると、いつか大変なことになる
――SALUさん自身がトータル・プロデュースを手がけた今作『Good Morning』は、よりポップさを増しながらもエッジが効いていて、非常に完成度の高い作品だと感じました。
SALU:ありがとうございます。今回は、まず明るいトーンのアルバムにしたいと考えていました。それでいて、誰にでも手に取って聴いてもらえるようなシンプルさがありながら、ちゃんと深みのあるものにしようと。加えて、なるべく多くのアーティストと一緒に音楽を制作することを心がけています。
――たしかに今作はフィーチャリングやコラボレーションが目立ちますね。1曲目の「All I Want feat. Salyu」は、SALUさんの盟友・Estra (Ohld)さんのトラックの上で、シンガーのSalyuさんと一緒に歌っています。
SALU:今回のアルバムの中で1番最初に出来た楽曲で、僕にとってすごく大事なものです。Salyuさんとは以前から一緒に音楽をやってみたいと考えていたんですけれど、なかなかお願いできるような曲が作れなくて。でも今回、曲の大枠ができたときに、これは絶対にSalyuさんに歌ってもらいたいと思えるものだったので、満を持してオファーしました。実際に歌っていただいたら、僕とEstraが欲しかったもの以上の素晴らしい歌を提供してくださって。この曲ができるまでに1年半くらいかかったんですけれど、その後の制作はスムーズにいきました。アルバムのタイトル『Good Morning』にも通じる“目覚め”をイメージした楽曲で、ここから本格的に制作が始まったんです。
――2曲目の「Tomorrowland」では、いまもっとも勢いのあるトラックメイカーのひとり、tofubeatsさんと組んでいます。彼ならではの都会的なトラックと、メッセージ性の強いリリックの組み合わせが新鮮な一曲です。
SALU:この曲は、tofuくんに好きに作って欲しいとオファーしたんです。上がってきたトラックの原型を聴いたら、すごくポップでキャッチーな方向に振り切ってくれているなって。じゃあトピックも分かりやすいものがいいなと、夢として抱いている世界に踏み込むことを躊躇している人のことを書きました。自分自身もそうだったんですけれど、こういう人間になりたいと思い抱いていても、一歩を踏み出すのはなかなかできないので、そこを後押しできればと。楽曲自体はすごくラップが乗せやすかった印象ですね。どんなビートでも乗せることはできるのですが、tofuくんのトラックは特にビートがはっきりしていてリズムを取りやすかったです。
――基本的にトラックができてから、それに合わせてラップを書くスタイルですか?
SALU:いえ、その時々によって違います。次の「ハローダーリン」は、まず別のビートに乗せてリリックとフロウを作って、その後、SUIさんとtake-cさんにトラックを依頼しました。ほかのミュージシャンの音楽性が介在していない状態から作っているので、そのぶん自分の色が濃く出ていると思います。このアルバムの中では「How Beautiful」と「痛いの飛んでいけ -interlude-」も同じように作りました。
――「ハローダーリン」はリリックにもSALUさんらしさが出ていますね。〈スマホに操られてるお兄さん そのまま行くとぶつかるよ〉とか、普段生活していてよく見かける光景で、この視点がラッパーとしてのユニークさに繋がっていると感じています。
SALU:毎日の生活の中で見る風景から、歌詞になりそうなトピックを探しているんですよね。このフレーズも実際に、通りでスマホを見ながら歩いていたおじさんが車にぶつかりそうになっている瞬間を見て、これは歌詞にしようと。普段から観察者の視点で生活しているので、人と会ってもつい、そういう風に見てしまいます。
――次の「Mr. Reagan feat.Takuya Kuroda」は、NY在住のトランペッター・黒田卓也さんとのフィーチャリング曲だからか、いまのUSっぽい雰囲気もありますね。でも、リリックはよく読むとやっぱり意味深で。
SALU:この曲は黒田さんと曲を作りたいと考えたところから始まっていて、じゃあいま世界で人気な曲調にも強いJIGGさんにプロデュースをお願いしようと黒田さんには、日本に帰ってきているタイミングでスタジオに来ていただいたところ、いろいろとアドリブも考えてきてくださいました。録らせていただいた音源をいろいろと組み替えながら、それに合わせてJIGGさんがビートとベースを打ち込んでいます。僕自身もせっかくなら凝った歌詞にしようと、1バースと2バースでは“いまの時代を楽しんでいこう”と歌いながら、サビでは“その楽しさはなにかの犠牲のうえに成り立っている”と指摘しています。一聴すると明るく感じるけれど、実はシリアスな曲ですね。最近の日本語ラップでよく聴くような楽しげな歌詞をわざと入れて、でもそれは見て見ぬフリをしているだけなんじゃないかって。「Mr.Reagan」っていうタイトルは、映画『マトリックス』に出てくる登場人物から取っていて、彼は主人公を裏切るんですよ。誰でも聴くことができる明るい曲調だけど、よく聴くとメッセージ性があるというか。最近はこういう作り方をすごく意識しています。
――日本語ラップシーンに対する見方は。
SALU:良いと思うところもたくさんあるし、逆に思うところもあります。僕自身の音楽と同じで。人それぞれ、捉え方は違うでしょうね。ただ、この世の中は“これで良い”だけがまかり通っていると、いつか大変なことになるとは思っていて。一方で、“これじゃダメだ”って突き詰めすぎると、それはそれで変人扱いされるので難しいですよね。音楽にメッセージを込めすぎることも、人によっては好きじゃないでしょうし。ただ僕は表現者として言葉を扱っているので、自分自身の葛藤が滲み出ている部分はあるのかなと思います。
――一方で「How Beautiful」は、歌とラップの中間のような感じで、音楽的に挑戦している印象でした。先ほど、この曲も歌詞やフロウから作ったと言っていましたが。
SALU:1バース目と2バース目は、自宅でマイクに向かってフリースタイルで録ったんですよ。何も考えず、ただ口から出た言葉なので、きちんと意味になっていない部分もあって。〈死ぬ気になりゃ やる気になりゃなんでも出来る〉とか、マイケル・ジャクソンの「Human Nature」みたいな消え入る寸前の声で発声してるんですけれど、あえて録り直さなかったのは、ひとつの音楽的手法として面白いかなと。わりと前衛的な作り方をしていると思います。歌とラップの境界線については、海外のシーンを見てもだんだん曖昧になってきている印象で、日本でも歌心のあるラップが増えていますね。いわゆる“メロラップ”自体は、カニエ・ウェストなどがずいぶん前からやっているけれど、最近はさらに歌の領域が拡大していて、“韻を踏んだ歌”みたいに感じています。僕の中でもどう線引きできるのか、あるいはできないのかは考えている最中です。
――次の「Nipponia Nippon」は、アルバムの中でもっともSALUさんの考え方をストレートに伝えている印象でした。かなり刺激的な文言も出てきますが、なぜこのアルバムでこうした表現を?
SALU:この曲はアルバムの中では最後の方に出来た曲です。コンセプトとして“明るい作品”を掲げて作り始めて、終盤まで来たときにイメージ通りではあったのですが、まとまりに欠けると感じて。なにが足りないのかと考えた時に、すべてを結ぶテーマが必要なんじゃないかと。そこで、自分がいま思っていることを、フィルターをかけずに正直に歌ってみようと思ったんです。たぶん、この曲があるとないとで印象がだいぶ違うし、もしかしたら嫌だと感じるリスナーもいるかもしれない。でも、どうしても我慢ができなかったし、自分としては入れて良かったと感じています。すごく迷いましたけれど。
――〈そもそも音楽ってものがチャートになかったり〉という歌詞は、日本の音楽シーンそのものに対しての問題提起でしょうか。
SALU:単純に、心に刺さる音楽を作っている人たちが、メジャーには少ないように感じていて。優れたミュージシャンはたくさんいるけれど、多くの方はそこで勝負するのではなく、インディペンデントで活動しているように思います。じゃあ、メジャーデビューした自分はなにを表現すべきかと考えたときに、こうした言葉が出てきました。チャートでヒットしている作品の多くは、音楽性の高いものーー言ってみれば音楽のために作られた音楽というより、お金をかけてプロモーションした音楽だったりしますよね。たぶん熱心な音楽ファンほど、アメリカのチャートと日本のチャートを見比べたときに、がっかりするとは思うんですよ。もちろん、売れることは大切だし仕方ないとは思うんですけれど、全部を“仕方ない”で済ませてしまうのは、ちょっと違うのかなと。
――先ほどの“見て見ぬふり”と通じる話ですね。
SALU:最近だと、見て見ぬふりができなくて行動を起こす人たちは、ネットなどで叩かれるじゃないですか。彼らの中には、叩かれても構わないと腹をくくっている人も多い。だけど、「Tomorrowland」で歌っているような「一歩踏み出せない人たち」は、叩かれることを懸念して戸惑っているようにも感じます。こういう声を挙げるべきだと分かっているんだけど、世間体を気にしてそれができない。そういう人たちに対して歌っているつもりです。この曲をライブなどで歌うと、「純粋に心を打たれました」って言ってくれる人もいて、自分の想いは届く人には届いているんだなって感じています。反面、良く思わない人たちもいるはずで、今後は少なからずいろんな意見があると思うけれど、それはもう仕方がない。