ポールが日本の留置場で唄った「イエスタデイ」は実話だった 市川哲史が70年代の来日公演を回顧

 そんな《ロックの古典》的事件から35年も経った昨年秋、意表を突く本が出版された。瀬島祐介という人が書いた、その名も『獄中で聴いたイエスタデイ』(鉄人社)ときた。

 ちなみにこの瀬島氏のプロフィールを、そのまま抜粋する。

「少年時代に少年院を行ったり来たりした後、19歳でヤクザとなる。その後、組が解散したことで大阪に行き、ストリッパーの派遣業で大儲けするも、フィリピン・マニラの拳銃密輸に絡み仲間一人を射殺、殺人罪で逮捕され、東京の警視庁で取り調べを受ける。同じ頃、成田空港で大麻所持の現行犯で逮捕されたポール・マッカートニーが警視庁へ連行、偶然“獄中”で出会う。この時、壁越しにポールが歌ってくれた『イエスタデイ』を聴いたことで人生観が変わる。出所後は、昔の仲間に誘われるままヤクザに復帰。日本最大級の暴力団の二次団体で特別参与を務めた後、紆余曲折を経て、カタギとなる。2015年現在76歳。(原文ママ)」

 そう。〈ポールが留置場で唄った〉というエピソードはある意味都市伝説化していたが、壁と廊下に隔てられながらもわずか数mしか離れていない雑居房の住人――正真正銘の「元」ヤクザさんから「イエスタデイ」を所望されたポールは、本当に唄っていたのである。しかも4曲も!

 でもってその際にポールにサインしてもらったハンカチの写真が、本書の表紙だったりする。マジックで書かれた文字は「Paul McCartney 25.1.1980」……うわ、勾留最終日だよ生々しいよ。

 そしてこの圧倒的な1エピソードを免罪符に、本書ではヤクザさんの洒落にならない半生が語られていく。一応3歳年下のポールの半生が時間軸になってはいるが、普通に生活していたら絶対体験できないタイプの人生を激しく堪能できるわけだ。

 2012年になって一念発起した著者は、一面識もない湯川れい子氏にポールを紹介してもらおうと試みたり、ポールに逢うために渡航するはずだったデンマーク公演が突然中止の憂き目を見たりする。2015年の来日の際には、とうとう宿泊ホテルや東京ドームで出待ち/入り待ちまで敢行していたらしい。うわ、待ち伏せ写真付きだ。

 こうした数少ない〈一方的な接点〉は微笑ましいけれど、ポール・マッカートニー・ファンが読むべき本かと言えば、読まなくても何の問題ないアイテムである。しかし考えてみたら、我々も一方的な想い入れをもって聴きこんで勝手に「あーでもないこーでもない」と言ってるだけなので、著者と似たようなものなのではないか。

 そう考えたら、かなり特殊な職業のファンの半生を覗いてみるのも悪くない。

 ただし熱狂的なビートルマニアは、本書を読んで必ず共通の不満を抱くはずだ。

「ポールが日本の留置場で唄った、『イエスタデイ』以外の3曲を教えてくれ!!」と。

 その探求心は理解できる。しかし残念ながら著者は、「イエスタデイ」しかビートルズ・ナンバーを知らなかったのであった。

 たぶん。

■市川哲史(音楽評論家)
1961年岡山生まれ。大学在学中より現在まで「ロッキング・オン」「ロッキング・オンJAPAN」「音楽と人」「オリコンスタイル」「日経エンタテインメント」などの雑誌を主戦場に文筆活動を展開。最新刊は『誰も教えてくれなかった本当のポップ・ミュージック論』(シンコーミュージック刊)

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