初のソロ・アルバム『RISING MOON』インタビュー

「ベースの可能性を切り開きたい」瀧田イサムが表現する、メロディ楽器としての魅力

 ハードロックを基軸としつつ、ポップスやファンク、フォークなど様々なスタイルを取り入れた音楽ユニットGRANRODEOのサポートで知られるベーシスト、瀧田イサムが初のソロ・アルバム『RISING MOON』を完成させた。デビュー20周年記念となる本作は、キングレコードとベースマガジンがタッグを組んで旗揚げした、ロックベース専門レーベル「PSYCHO DAZE BASS」からのリリース。GRANRODEOのメンバーをはじめ、レーベルメイトのMASAKIやIKUOなど交流の深いミュージシャンが多数参加しており、瀧田にとってキャリア集大成的な内容に仕上がっている。日本の伝統楽器とロックを融合した六三四や、正統派ヘヴィメタルバンドArk Stormなど、多種多様なバンドを渡り歩いてきた彼の音楽性は、どのように築き上げられてきたのだろうか。(黒田隆憲)

「多弦ベースを駆使しているのは、チープトリックのインパクトが刷り込まれている」

ーー横須賀出身の瀧田さんが、最初に音楽に目覚めたキッカケは?

瀧田:僕には三つ上の姉がいて、中学に入るとギター部に所属したんですね。それである日突然クラシックギターが家にやってきた。ものすごく触りたかったんだけど、触らせてくれなかったものですから、楽器に対する憧れがどんどん募っていきました。ちょうど同じ時期に、姉が家で聴いていた洋楽にも興味を持つようになっていくんですね。キッスやヴァン・ヘイレン、イーグルス...。それらを「かっこいいな」と思いながら聴いていくうち、特にチープトリックが大好きになったんですよ。

ーーチープトリックのどんなところにハマったんでしょう?

瀧田:彼らって、最初は日本で火がついたんですよね。それで『ライヴat武道館』というアルバムを出して、それがアメリカで大ヒットした。「音楽の世界って夢があっていいなあ」と、そのときに思いました。しかもイケメンのトム・ピーターソンが、12弦ベースを弾いてる姿にも憧れましたね(笑)。12弦ベースって、3本の弦を一度に抑えて鳴らすんですけど、そのジャリついた重厚なサウンドにも夢中になりました。自分が今、多弦ベースを駆使しているのは、このときのインパクトが刷り込まれているんじゃないかなと。

ーー本格的にバンドをやり始めたのは、高校に入ってから?

瀧田:そうです。後にUnitedというスラッシュバンドを結成するベーシストの横山明裕や、元ZIGGYの山崎銀次たちとバンドを結成しました。横山も僕もベーシストだったんですけど、横山が「俺、ドラムも叩けるよ?」っていうんで彼にはドラマーになってもらって(笑)。実は、横山と僕は小学生の時に同じ柔道教室に通っていたり、中学を卒業したころ同じ新聞配達のバイトをやってたり、同じ高校を受験したり、何かしら不思議な縁があったんですよね(笑)。

ーーその頃はどんな音楽をやっていたのですか?

瀧田:横山は中学の頃からハードロックが好きで。いわゆる「ニュー・ウェイヴ・オブ・ヘヴィメタル」と言われていた、80年代にイギリスで活躍していたバンド、アイアン・メイデンやデフ・レパードといったバンドにのめり込んで行きました。僕もそういう音楽にのめり込む一方で、日本で流行り始めたフュージョンにも傾倒していったんです。当時はカシオペアやプリズムの音楽が、お茶の間で結構流れていて。難解なリズムやコード進行がとにかくカッコよくて、どんどん惹かれていきました。しかもフュージョンバンドには、花形ベーシストが多かったんですよ。特に驚いたのが、ザ・ブラザーズ・ジョンソンのルイス・ジョンソン。彼がチョッパー奏法、今でいうスラップ奏法をやっていて、そのすさまじい指さばきにぶっ飛んだ。「これやりてえ!」って。ザ・ブラザーズ・ジョンソンは、どちらかといえばソウルやファンクにカテゴライズされるグループですが、彼らや一連のフュージョンバンドを聴き漁っていった先に、ジャズを見つけて勉強するようになりましたね。

ーー具体的にはどのように習得していったのですか?

瀧田:横須賀の米軍基地周辺にはジャズ喫茶のような場所がたくさんあって、その中の一つが毎週末にジャムセッションをやってる店だったんですね。当時はまだジャズについて何も知らなかったんですけど、そういう場所で毎週のようにジャムセッションをしながら学んでいきました。「4ビートってなに?」「このコードってどんな響き?」っていう具合に、必要に迫られながら現場で身につけていった感じですね。並行してロックっぽい音楽も、フュージョンっぽい音楽もやっていたので、その頃は好きなジャンルもごちゃ混ぜになっていました(笑)。

ーージャムセッションは、ある意味では「腕試し」みたいなところもあったのでしょうか。

瀧田:それはありましたね。その頃はジャコ・パストリアスやスタンリー・クラークなど花形ベーシストがフィーチャーされまくっていて。そこに近づきたいっていう気持ちはあったと思います。おこがましいですけど(笑)。

ーー血の滲むような練習もしてきたのでしょうね。

瀧田:そうですね。ジャコパスとか見ていると、「練習の賜物だな」って思うんですよ。そこに憧れるっていうか。ジャンルは全く違いますけど、羽生結弦くんの演技を観ていても、「ものすごい練習を積み重ねたんだろうな」って思うんです。そういう姿に惹かれるんですよ。

ーーちょっと、アスリートっぽい気質もありそうですよね?

瀧田:ありますね。「このパッセージを弾きこなすには、ここの筋肉を鍛えなければ。そのためにはどんなトレーニングが必要だろう?」みたいなことを考えるのは昔から好きですし。授業中も、ずっと運指の練習をしてました(笑)。「これ、なんのためにやっているんだろう?」みたいなスケール練習を、ひたすらやることも全然苦ではないし、むしろ楽しくなってくるんです。

ーー5弦ベースを選んだのは?

瀧田:ジャムセッションに参加すると、毎回ソロが回ってくるんですね。そのときになるべく高い音を弾きたいっていうのがあって。というのは、音が高くなればなるほどハーモニーに対して何でも弾けるんです。それで5弦ベースにたどり着いた。「ハイC」っていう、普通のベースよりも4度高い音が出せるベースがあることを知って、ほとんど衝動買いのように手に入れました。22、3歳の頃かな。それまでのジレンマが一気に解消されましたね。

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