香月孝史『アイドル論考・整理整頓』 第九回:アイドルの「組織」

AKB48は「アイドル」をどう変えてきたのか? 10年の劇場運営がシーンに与えたものを検証

「このブーム、いつまで続くんだろうね?」と、メンバー間でよく話をします。「なぜ、これほどまでにAKBが売れたのか、がよくわからない。私たちは、どうやってここまで来たのかがわからないんだから、いずれは下がるよね」って。でもそうなったら、元に戻るだけ。会いに行けるアイドルとして、劇場に出る。またそこから始めればいいと思っています。(「FLASH増刊 まるっとAKB48 スペシャル」2011年3月25日発売)

 この柏木の言葉もまた、いつまで続くか定かでない人気の不確かさを俯瞰するものであり、一見すると秋元や宮澤と同じく冷静な見解を表明している。しかし、ここで柏木は「劇場」という、AKB48のアイドルとしてのオリジナリティを踏まえ、人気が落ちたらまた劇場から始めればいいという視野を示している。これが秋元や宮澤の言葉と異なるのは、表舞台からのフェードアウト以降も、「アイドル」としての活動が継続するという前提を持ち込んでいる点だ。つまり、アイドルグループが数年の最盛期を経たのちのあり方として、「解散」を選ぶ必然性がなくなっていることを、柏木の言葉は示唆している。

 もちろんこれは、当時の秋元や宮澤の視点が古かったわけでもないし、2015年のAKB48の拡大・発展は当時の柏木の予測さえはるかに超えたものだろう。2010年代のグループアイドル活況を牽引してきたAKB48の大きな財産である「劇場」は、アイドルシーンをいわゆる「現場」主導へと促していったが、また同時に、マスメディアを介しての人気がかげったとしても組織自体の活動を継続しうるという想像力を植えつける役割も果たしていたのかもしれない。だからこそ、AKB48劇場10周年の公演は、劇場を拠点として歴史が紡がれていくことを皆が信じられるものとしてあった。

 これは、AKB48がメンバー循環型の組織であったことも大きい。あるアイドルグループが特定の限られた人物によってのみ担われていたならば、その人物の一時的な意思や決断が、グループの存立に直結する。「個」として歩んでいく道のりとは別に、たくさんの「個」が身を預けながら歴史を紡ぐ「組織」として存在できる循環型グループだからこそ、ひとつの世代のライフコースを超えて、組織がエンターテインメントを継承していく可能性が拓ける。

 もちろん、そうした組織的な継承に先鞭をつけたのは1990年代後半から続くハロー!プロジェクトであり、AKB48はハロー!プロジェクトを部分的にアップデートしながら組織を作っていったところもあるはずだ。そうして出来上がった今日のシーンにとって大きいのは、組織としての継続を信じられる陣営が複数存在することである。先に触れた12月16日の『2015FNS歌謡祭THE LIVE』の中の企画「アイドル・コラボレーション・メドレー」ではハロー!プロジェクトやAKB48グループ、スターダストグループ、さらに乃木坂46・欅坂46の「坂道シリーズ」といった、各陣営を横断する組み合わせの妙が話題になったが、同時にこれらのグループが集結したことで見えたのは、大規模な組織として長年継続し歴史を紡いでいるグループが当たり前にいくつも共存しているという、アイドルシーンの現在地だった。アイドルというジャンル全体に組織の長期継続や世代継承を見出せることは、当然のことのようでいて、実はきわめて今日的な状況でもある。この連載では過去3回ほど、アイドルと「成熟」について考えてきたが、それはこの今日的な前提の上に成り立つ議論でもあっただろう。「かつてアイドルだった人」を、現在と切り離された存在としてではなく、現存する組織との連なりで受容できること。AKB48劇場10周年が示したそのあり方は、「アイドル」がひとつの芸能ジャンルとして定着していくプロセスを見るようで、ある頼もしさを見出せる。

 ただひとつ付け加えておくならば、ここからアイドルがジャンルとして過去から現在への一本のシンプルな歴史観を描いていけるのかといえば、そう単純でもなさそうだ。AKB48はこのジャンルのスタンダードを示す大きな道標であると同時に、最もシーンの姿をかき乱すポテンシャルを持つ存在でもある。AKB48劇場10周年記念公演について、過去と現在を混ぜ合わせるものだったことを述べたが、AKB48がグループの時間軸を複雑にねじれさせるような企画を打ち出すのはこの時ばかりではない。京楽産業のパチンコ機とタイアップした「チームサプライズ」は、リアルタイムのグループ状況に関係なく、すでに卒業したメンバーもリリース楽曲に参加することで、複数の時間軸のAKB48を存在させている。また、来年3月9日リリース予定のシングルでは、前田敦子や大島優子ら卒業メンバーが参加することも発表され、波紋を呼んでいる。不可解さを常に用意しておくようなこのグループがジャンルの中心部にいる以上、ジャンルとして安定的な形に落ち着くのはまだ先なのかもしれない。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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