ワンマンツアー「ゲスチック乙女~アリーナ編~」最終公演・横浜アリーナレポ

ゲスの極み乙女。が見せた、ミュージシャンシップの高さ 横浜アリーナ公演を分析

 ゲスの極み乙女。(以下、ゲス乙女)がワンマンツアー「ゲスチック乙女~アリーナ編~」の最終公演を10月14日に横浜アリーナで開催し、過去最多となる1万2千人を動員した。今月の28日にはKEYTALKが日本武道館公演を行うが、今年は2014年に話題を集めた若手バンドがさらなる飛躍を果たし、それぞれの個性を確立させた年だったと言えよう。昨年までのゲス乙女はKEYTALKやKANA-BOON、キュウソネコカミなどと共に、「フェスで盛り上がる若手バンド」と認識されることが多かったように思うが、この日のライブが示していたのは、何よりメンバーの演奏や楽曲のアレンジ、メロディーラインを聴かせようとする、ミュージシャンシップの高さだった。

 もちろん、彼らのライブの中でもコール&レスポンスで盛り上がる場面などはあるが、必要以上にオーディエンスを煽ったり、決まった振付けで踊ることはない。むしろ、川谷絵音は曲中で何度も「ベース、休日課長」「キーボード、ちゃんMARI」「ドラムス、ほな・いこか」とメンバーの名前を呼んで、それぞれのプレイにオーディエンスの目と耳を向けさせようとする。これは彼らのライブの大きな特徴だと言っていいだろう。

 こうした盛り上がりよりも演奏や楽曲そのものを重視する傾向は、今年リリースした3枚のシングルでも明確に示されていた。『ロマンスがありあまる』のカップリングに収録され、この日は終盤の盛り上がりに向けた起爆剤の役目を果たした「Ink」こそ、川谷のノイズギターが唸るバンド一のサイケナンバーだが、それ以外の「私以外私じゃないの」と、そのカップリングの「パラレルスペック(funky ver.)」、そして「ロマンスがありあまる」と、そのカップリングの「サイデンティティ」は、ギターの歪みが抑えられ、フレージングや各楽器の絡みをしっかり聴かせようとする意図が伺える。普通は会場の規模が大きくなると共に、楽曲が表面的に派手になって行くのが普通だが、彼らの場合はむしろ逆を行っているのだ。

 それはこの日発売の両A面シングル『オトナチック/無垢な季節』にしてもそうで、ライブのオープニングを飾った「無垢な季節」は、テンポこそアッパーではあるものの、ギターレスの曲だし、「私以外私じゃないの」同様、細やかなリズムの跳ねを意識したようなフレージングが耳に残る「オトナチック」も、決して大バコが似合う派手な曲というわけではない。それでも、彼らが玄人好みのプレイヤー集団に陥らないのは、やはり常にキャッチーで、言葉の強さがダイレクトに入ってくるサビの存在が大きい。「私以外私じゃないの」や「ロマンスがありあまる」はもちろん、「オトナチック」もサビの爆発力があることを、この日痛感させられた。

 

 また、この日はWアンコールでインディーズデビュー盤の『ドレスの脱ぎ方』が曲順通り全曲演奏されたことも話題を呼んだが、「momoe」ではNabowaのギタリスト・景山奏がゲストとして迎えられた。Nabowaは京都を拠点に活動し、昨年結成10周年を迎えた実力派のインストバンドだが、もちろん世間的な知名度はゲス乙女には到底及ばない。しかし、川谷は以前からバンドのファンを公言し、昨年リリースされた景山のソロプロジェクトTHE BED ROOM TAPEのアルバムを絶賛。今年の2月には京都で2マンライブを行うなど、親交を深めていた。こうした自身の信じる良質な音楽へと真っ直ぐにリスペクトを捧げる姿勢も、ゲス乙女のスペシャルな部分だと言えよう。

 彼らは決してすべてを完璧に作り込んでいるわけではなく、この日は途中でドラマ「HERO」のバーを模した即席コント風の映像を流したり、これまでのライブと変わらず長いMCを続けるなど、「やりたいことをやるんだ」という姿勢を維持し続けている分、所々は少々隙だらけだったりもする。ただ、彼らは「音楽こそが第一だ」という部分は絶対に譲らないし、そこに関しては超のつくプロフェッショナルである。「オーディエンスと一緒に盛り上がる」ことももちろん素晴らしいが、それと同様に、いやおそらくはそれ以上に、楽器と楽器が絡み合うことで生まれる興奮を、ハーモニーのため息が出るような美しさを、彼らはライブを通じて伝えようとしている。やはり、今こんなバンドは他にいない。

 

(文=金子厚武/撮影=橋本塁(SOUND SHOOTER))

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