『アンサンブルー』リリースインタビュー
徳永憲が語る、クールな音楽の作り方「作った瞬間の盛り上がった気持ちはすぐ忘れたい」
ーーなるほど。でもその一方で、ブルース・スプリングスティーンに影響されたとも言ってますよね。一般にはすごくストレートで王道な音楽をやっているイメージもあります。徳永さんとは対極にあるような。
徳永:ああ、うん(笑)。僕が音楽を聞き始めた時はMTV的なものが流行ってたんですよ。でもそんな中で(スプリングスティーンの)『ネブラスカ』みたいな、大量殺人犯を歌ったものを聞いて、こんなのもあるのかとびっくりしたんです。こういうことを歌ってもいいのかって。そういう意味で影響を受けたと思うんです。彼のイメージじゃなく、曲を書くスタンスとかテーマの絞り方とか、そういうものに影響を受けたんですよね。
ーーどんな歌でも歌っていいんだという姿勢。歌の概念を広げてくれた。
徳永:そうそう。リアルタイムで最初に聞いたのが『ボーン・イン・ザ・USA』なんですけど、その前が『ネブラスカ』でしょ。その落差にもやられましたね。しかもカセットMTRで録ってますからね。ローファイといえばローファイの元祖。ちょっと普通の人とは違うなと。
ーーアメリカン・ロックの王道みたいなイメージがあるけど、徳永さんにとってはむしろ外れたことをやってる人だと。確かにそういう意味では徳永さんに通じるものがある。
徳永:そうですね。たぶんあの人はそれが必要だと思って、周りを気にせず自分のやりたいことをやったと思うんです。そういう姿勢も、ロックだなあと。
ーーなるほど。
徳永:でもかといって好きなことだけをやるのが正しいとは思わない。自分でやるとなると、自分の資質にあったものをやることになるんです。好きだからやる、というのは違うと思うんですよ。
ーーあ、そうですか。
徳永:うん。メタルとか、リフでガンガン押すような曲は大好きなのに、なぜ自分はやっていないんだろうと、ふと思ったんです。高校時代はそういう曲を書いてやっていたんですけど、でもそれがことごとく似合ってない(笑) 。
ーーそんなの考えるまでもなく当然だと思うけど(笑)、その時はそう思っていない。
徳永:そう。わかんないもんなんですよ。好きなことやりたいって一心だから。でも全然似合ってないってことがわかって、生ギターをぽろんぽろんとやったら、しっくりくるわけですよ。「いいものを作りたい」という気持ちがあったら、やりたいことと自分の資質のバランスを考えるようになったんです。
ーーつまり「自分のできる一番いいものを作るためにはどういう音楽をやるべきか」と考えて、今のスタイルになったと。
徳永:うん。そうです。つまりそれが自分の個性なんですね。
ーーそれは自分の好きな音楽を突き詰めてこうなったわけじゃない。
徳永:そうですね。ほんとはロックンロール・バンドでキース・リチャーズみたいにギターをかき鳴らしてるのが一番楽しいと思うんです。ほんとはね。心から楽しんで音楽をできる。でも…なんか違うんです(苦笑)。やってるときは楽しいけど。
ーーつまり徳永さんにとって音楽をやることは「一番楽しいことをやる」ことではない。
徳永:もちろん今の音楽だって楽しいからやってるんですけど、自分の声や資質にあった曲をやるのは大事だと思いますね。
ーーつまり自分と音楽は密着してるわけじゃなく、一定の距離感みたいなものが常にあると。客観的に見てるところはある。
徳永:それは自分の特徴かもしれませんね。曲を作る時も、作った瞬間の盛り上がった気持ちはすぐ忘れたいんですよ。一旦完全に忘れたい。それであとになって冷静に聞き返して、いろいろいじってみる。ある種、編集的な感覚ですね。
ーーなるほど。それは徳永憲の音楽を理解するためのヒントかもしれない。ある種のひんやりしたクールな感覚がありますからね。
徳永:だから…作ってる時は熱いんだけど、最終的に人前に出す時には、ひとりの聞き手として客観的に見たいんです。
ーー一旦冷蔵庫に入れて粗熱をとってから。
徳永:そうなんです。苦労した曲だから人に聞いてもらいたいって気持ちはありますけど、そんなの聞く人には何の関係もないですから。わかってもらえるものでもない。なので、どんなに苦労した曲でも、あとから聞いて詰まらなかったら、ばっさり切る。
ーーああ、苦労した曲だから愛着が湧いちゃって、切るに切れないというのはありそうですね。
徳永:うん、あると思います。人の曲でも、苦労してこねくり回して作った曲って、なんとなくわかるじゃないですか。なんとなく重いな、と。なので自分はもっとピュアで軽やかな感覚を残したいんです。でも作った過程を知ってるとなかなかそういう感覚にはなれない。なので今回は歌詞に苦労した曲は入れてない。そんなに苦労するのは、最初から何かボタンを掛け違えていると思うから。
(取材・文=小野島大)