栗原裕一郎の音楽本レビュー 第9回:『踊る昭和歌謡―リズムからみる大衆音楽』

“踊り”から読み直す日本の大衆音楽ーー輪島裕介『踊る昭和歌謡』を読む

ふたつの相対化

 ここで「同時代に世界各地で同時多発的に起こっていた音楽的変革」と書かれていることに注意したい。

 輪島はもともとはブラジル音楽の研究をしていて、そこから大衆音楽全般に対象を広げていった経緯を持つ。つまりラテン音楽は専門のひとつなのだ。

 中南米のラテン音楽は、アメリカとの関係のなかで複雑な相互作用を経て文化的な様相がかたちづくられてきたもので、そのプロセスは今も継続している。

 戦後日本は音楽の輸入をアメリカに依存していたから、マンボに始まる一連のラテン音楽も当然アメリカ経由で入ってきたものだった。

 たとえばマンボは「アメリカが本場」と音楽雑誌などでは紹介され、英語で歌われることが自明とされ疑問も持たれなかったという。そして「戦後日本のアメリカ音楽の氾濫のなかで、日本の多くの聴衆にとって「アメリカらしさ」ときわめて強く結びつくメディア、つまり民放ラジオの洋楽番組を通じて広まっていった」。

 レコード会社はレコードを売るためのイベントとしてダンス講習会を催し、マンボ・ブームが訪れることになる。

 先の引用で輪島が「ふたつながら相対化する」といっているのはこのことだ。

 アメリカをはじめとする英語圏でエキゾチシズムとして受け留められた中南米という周辺国の音楽が、アメリカを通じてアメリカの音楽として日本に入ってきたという歪んだ構図。そして当のラテン音楽も、アメリカという外側での受容を取り込んで、再帰的にその様相を変化させていったという事実。

 マンボ以降アメアリッチまでのニューリズムについて、輪島はこの「ふたつながら相対化する」作業を入念に展開していく(なかには日本だけでマッチポンプ的に仕立てられたものもあるのでそういうのは例外だが)。

 この二面からの追及が、本書の最大の特徴であり、既存の歌謡曲研究にはあまり見られない個性である。

 追及作業は、さすがサントリー学芸賞を受賞した『創られた「日本の心」神話 「演歌」をめぐる戦後大衆音楽史』(光文社新書)の著者という緻密さで行われている。実は評者もニューリズムのいくつかについて短い原稿を書くために調べたことがあるのだけれど、「えええっ、そうだったの!?」と蒙を啓かれることが少なくなかった。

関連記事