洋泉社『80's洋楽読本』掲載記事を先行公開(PART.1)

カジ ヒデキが語る、80年代UKインディシーン「レーベルもやっていたS・パステルは神様でした」

UKインディ・レーベルが与えた影響

ーーあの時代の熱気を今はどう捉えていますか?

カジ:80年代はエネルギッシュで創造性に富んだ時代でした! でも前半と後半ではだいぶ雰囲気が違いますね。前半はポスト・パンクの時代で、パンクで崩壊した既成概念をさらに変えてやろう、しかも楽しんでやろうという革命心にあふれていたと思います。オレンジ・ジュースやジョセフKがいたポストカード・レーベルなどいろんなレーベルが出てきて、自分たちでなにかを興そうという強いオリジナリティがあった! 80年代中盤以降になると、DIY精神がより広がったというか、もっとみんながカジュアルにレーベルをはじめたり、ギター・ポップ・バンドをはじめたりという感じがしますね。それこそザ・スミスの真似をしたり(笑)。ポスト・パンク(ネオアコ)の人たちはルックスとは裏腹にとげとげしさがあったと思う。でも80年代後半は革命がおきたあとなので、パンクの精神というよりは、スタイルをカジュアルに楽しもうという部分が強いのかな。よりファッショナブルではあるけど、軽さがありますね。そうしたなかでは、とくにプライマル・スクリームが大好きでした。1stのころはみんなマッシュルームカットで、60年代のニューヨークに行きたいという雰囲気が好きでした。ザ・バーズやヴェルヴェット・アンダーグラウンドなどにあこがれている感じ。そのころはいわゆるパンクの様式美が確立してしまった時代なので、ファッションも含めて既成のスタイルに囚われない彼らのほうにパンクを感じ、そこも面白かった。

ーーそうした時代のエッセンスから、カジさんも影響を受けてきたんですね。

カジ:自分のなかでは、80年代のとくにイギリスのインディ・レーベルのものをすごく好んで聴いてきたので、逆にいうとメジャーなものをあまり聴かずにきてしまった。本当は普通じゃないんですが、そういう感覚が普通と思っているところはあります。手作り感覚で、好きなことを表現する自由度はすごいと思います。90年代に入るとインディ・レーベルやそこに所属するバンドに注目が集まり、ほとんどメジャーと変わらないくらいサクセスしたものもありますよね。80年代はもっと混沌としていて、そこが面白かったと思います。

ーー90年代だといろんなレーベルが提携して、ビッグ・ビジネスになっていきました。

カジ:実際にクリエイションもすごく大きくなっていて、お金の使い方もすごいことになっていたんですよね。それだけインディが巨大なビジネスになったんだと思いました。たしかに90年代、日本でも欧米のインディ・ロックは大きなブームになりましたし、自分も含めてみんなが好きだった時代ですよね。浪費してボロボロのなか、オアシスが生まれたようなロック・ストーリーがあったり、まだ幸福な時代ですね(笑)。

ーー当時のレーベルは、理念ももちろんあるけど、それ以上に楽しむという感覚の世界でしたよね。

カジ:53rd & 3rdの話になりますが、スティーヴン・パステルがすごく好きで、当時から30年くらい経っていますが、彼は今でも同じようなスタンスで活動をしていて、ああいう人は本当に素晴らしいですね。53rd & 3rdにいたタルーラ・ゴッシュなんかも、まさにその代表だったと思います。本当にパンクをポップに楽しんでいる感じがありました。当時『英国音楽』でタルーラ・ゴッシュのライブ写真を初めて見て、彼女たちはボーダーのシャツをきて、ロリポップキャンディをなめながらステージにあがって、パンクな曲を演奏していて、その感覚にとても影響を受けました。そういう世界観が今でも変わらず好きなので、僕はよく短パンをはいているんですね(笑)。

ーー一昨年、パステルズの新作が出ましたが、独特のヘタウマを追求していて、良かったですね。

カジ:本当にそうですね。歌もうまくないんだけど、でもあれじゃないと成立しない。スティーヴンがものすごくうまくてもぜんぜん面白くない(笑)。彼らは最初から強いインパクトがあったけど、今でも続けていて、より説得力が増して、もちろん重みもあるのに軽く聴けるというのがいいんです。80年代から続けている人はどこかそういうところがあると思います。こうした感覚は、80年代のポスト・パンクの時代に培われたものでなんでしょうね。

ーーレーベル・オーナーなどで意識している人はいましたか?

カジ:マイク・オールウェイがいちばん意識した人ですね。80年代にチェリーレッド・レコードのA&Rを経て、傘下にエル・レコードを立ちあげた人。彼がトレイシー・ソーンとベン・ワットの間を取り持ち、エヴリシング・バット・ザ・ガールを結成させたという話もあるほど、フィクサーというべき人物でしょうね。マイク・オールウェイは00年代に何度か一緒にサッカーを観にいったりしましたが、イギリス人らしいというか、皮肉屋でちょっとおかしな人なんです。すごく美意識が強くて、裕福じゃなくてもジェントルな雰囲気を出している。でも、カリカリしたり気性の激しい、トリッキーな部分もあったりして、神経質で面白いんです。今はきっと60代前半くらいだと思いますが。80年代当時は30代だったから山のようにアイデアもあったでしょうし、エル・レコードのジャケットは90年代の日本のカルチャー・シーンに与えた影響も大きいと思います。

ーー今の若いリスナーが当時のインディ・レーベルを知るためにいいアルバムを教えてください。

カジ:むずかしいですね(笑)。ザ・スミスの『ザ・クイーン・イズ・デッド』(86年)は80年代を象徴するいいアルバムだと思います。どのアルバムもいいのですが、これが思い出深いアルバムですね。イギリスっぽいし、「ゼア・イズ・ア・ライト」のような名曲もはいっていて、インディ・レーベルのムーヴメントが広がるなかで、いちばんいい時期の1枚だと思います。それから、チェリーレッド・レコードの『ピロウズ&プレイヤーズ』(82年)はマストだと思います。チェリーレッド・レコードはネオアコ・レーベルとして見てしまいがちですが、初期はポスト・パンクの荒々しい感じや実験的なものもあれば、映画音楽みたいなものもあったり、絶妙なバランス感が素敵でした。80年代後期だと、エル・レコードの『ロンドン・パビリオン』(86年)シリーズが、イギリスらしいひねりの利いたポップ・センスにあふれていて、ストレートじゃないけどきらびやかではじけた感じもある、いいアルバムだと思います。あとはプライマル・スクリームの1st『ソニック・フラワー・グルーヴ』(87年)は、『スクリーマデリカ』(91年)以降に好きになった人には「こんなプライマルがあるのか」とおどろく内容だと思います。ボビー・ギレスピーのヘアスタイルやファッションは、いつもインパクトがあり強く影響を受けました。『スクリーマデリカ』(91年)のハウスを取り入れた楽曲に説得力があるのは、メロディがすごくいいからで、その源流を見ることができるのが『ソニック・フラワー・グルーヴ』です。名盤だと思います。

ーー80年代初期のゴシックでは?

カジ:やっぱりザ・バースデイ・パーティの1st『プレイヤーズ・オン・ファイヤー』(81年)がいいんじゃないでしょうか。高校のとき、何度聴いたかわからないくらいです。黒い布を買ってきて真っ黒い部屋にして、ロウソクを立てて、ニック・ケイヴの真似をしながら踊り狂っていたので、親に「大丈夫か?」と思われました(笑)。今は亡きローランド・ハワードの繊細なきりきりしたギターにもものすごく影響を受けました。

ーーニック・ケイヴはその後、追っかけましたか?

カジ:バッドシーズの初来日は観に行きましたが、存在が大きくなるにつれて、正直あまり熱心に聴かなかった時期もありました。でも、存在はずっと好きで06年だったかな、ブリクストン・アカデミーで久しぶりにニック・ケイヴ&ザ・バッド・シーズのライブを観たんです! 最高でしたね。ニックは昔のように極端に動いたりはしませんでしたが、それでも精神はまったく変わらなくて、メンバーも含めダンディな魅力にあふれていて、でもやっぱり狂っていてカッコイイと思いました。

ーーカジさんの最新アルバム『ICE CREAM MAN』を聴かせていただきましたが、かなりいろんな要素が入っていると思います。ご自身のなかではUK的なフィルターをとおしている感覚でしょうか。

カジ:たとえばプライマル・スクリームを聴いていても、同時にザ・ロネッツみたいな、60’sガール・ポップも聴きますし、アメリカのザ・バーズやロジャー・ニコルズから、ベックやヴァンパイヤ・ウィークエンドなどなど、好みのものはなんでも聴くし影響を受けています。でも、やはり最終的にはイギリスの様式美が大好きなんですね。スタイルはもちろん、洋服の着こなしや、パブでビールを飲んでいる感じ、サッカーを観に行ったり、フィッシュ・アンド・チップスを食べたり、イギリス文化そのものが好きなので、一度そういう感覚をフィルターとしてとおしているところはあると思いますね。

(取材・文=blueprint)

■書籍情報
『80's洋楽読本』
発売日:1月26日(月)
定価:本体1400円+税 
発行:洋泉社

【インタビュー】
●石野卓球(電気グルーヴ)
●カジヒデキ
●片寄明人(GREAT3)
●Zeebra
●高木完
●西寺郷太(NONA REEVES)
●ハヤシ(POLYSICS)
●松武秀樹

●大根仁(映像ディレクター)
●小野島大(音楽評論家/元『NEWSWAVE』編集長)
●恩藏茂(元『FMステーション』編集長)
●東郷かおる子(元『ミュージック・ライフ』編集長)
●高橋芳朗(音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティ)
●平山善成(クリエイティブマンプロダクション)

【執筆者】
猪又孝
井上トシユキ
円堂都司昭
岡村詩野
小野島 大
北濱信哉
栗原裕一郎
さやわか
柴 那典
鈴木喜之
高岡洋詞
麦倉正樹
宗像明将
吉羽さおり

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