加藤和彦の“美学”が行き届いた名作『バハマ・ベルリン・パリ〜ヨーロッパ3部作』を聴く

 また、加藤夫人である安井かずみが手がけた歌詞も、そのヨーロッパ志向をさらに効果的に演出しています。モンテカルロだの、シャンタルだの、サクレ・クールだの、聞き慣れない単語が当たり前のように歌詞に登場してくるのですが、どこかふわりとした歌声を通して聴くと、この言葉にしかできないマジックに感じられるのも不思議。そして、大胆かつ美しいビジュアルも含め、最終的に加藤和彦ならではの美学が隅々まで行き届いたトータルアートに仕上がっているわけです。

 そもそも彼は、60年代のザ・フォーク・クルセダーズで最初の成功をおさめるのですが、「おらは死んじまっただ~」と歌う「帰って来たヨッパライ」(1967年)なんて、画期的なサイケデリック・サウンドによって作られているにもかかわらず、なんだか聴いていると妙にこそばゆい。その後結成するサディスティック・ミカ・バンドの名盤『黒船』(1974年)は、個人的にも日本のロックで1、2を争うフェイバリットなんですが、「タイムマシンにお願い」とか「塀までひとっとび」なんて歌ってしまうところも、冷静に聴くとムズムズしてしまいます。これらのことから考えると、加藤和彦の音楽というのは、絶妙なバランスで成り立つからこそ面白いのだ、とも言い換えられるでしょう。

 2009年に自ら死を選んだ彼の生き様については、ここでは触れません。しかし、“ヨーロッパ三部作”から感じられるのは、おそらく極度な美意識を持った人だったであろうこと。そして、僕のような一般人は、その美学によって作り上げられた唯一無二の音楽を、ちょっと気恥ずかしさを感じながら楽しめばいいのかなと思うわけです。

■栗本 斉
旅&音楽ライターとして活躍するかたわら、選曲家やDJ、ビルボードライブのブッキング・プランナーとしても活躍。著書に『アルゼンチン音楽手帖』(DU BOOKS)、共著に『Light Mellow 和モノ Special -more 160 item-』(ラトルズ)がある。

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