トレモロイド小林郁太の楽曲分析
セルフカバー集を発表する椎名林檎 作曲家としての特徴を現役ミュージシャンが解説
椎名林檎が、5月27日にセルフカバーアルバム『逆輸入 ~港湾局~』をリリースすることを発表した。椎名はこれまで、SMAPやTOKIO、PUFFY、広末涼子、ともさかりえ、栗山千明、真木よう子、野田秀樹らに楽曲を提供してきた。本作には、その中から選んだ11曲を収録。アレンジャーとして、小林武史、冨田恵一、前山田健一など錚々たるメンバーが名を連ねていることもあって、ファンからは期待の声が上がっている。
椎名が提供した楽曲は、いずれも一聴して彼女の作曲だとわかるほど“色”が強い。その理由とは何なのか。これまで当サイトで、aikoや松任谷由実などの楽曲を分析したロックバンド・トレモロイドのキーボード、小林郁太氏に話を聞いた。
「椎名さんの楽曲の特徴のひとつに、コードワークとメロディーラインといった曲の構成そのものが『派手』である、ということが挙げられるでしょう。まず、コードについて分析すると、椎名さんは『3度のメジャーコード』を多用していることがわかります。通常『ドレミファソラシド』(Cメジャー)のスケール(音階)で言う場合の3度は『ミ・ソ・シ』というマイナーコード(Eマイナー)になるところを、彼女の場合『ミ・ソ#・シ』にして、メジャーコードに変えているのです。具体的には、『歌舞伎町の女王』の『しわしわの祖母の手を離れ/ひとりで訪れた歓楽街』の『歓楽街』の部分。それから『丸の内サディスティック』の『報酬は入社後/平行線で』の『平行線』にも当てはまります。最近の楽曲では『いろはにほへと』でも、歌い出しの『青い空よなぜ』の『なぜ』にあたる部分など随所に使われています」
小林氏によると、スケールの中にない音をコードに含めると強い響きになり、「3度のメジャーコード」は、その“外した”コードの中でも非常にインパクトが強く、ドラマチックな展開によく使われるという。また、いい意味で違和感を覚えさせる使い方をしていることも、椎名の特徴と言える。
「たとえば松任谷由美さんは非常に多彩なコードワークを持っていますが、聞いたときのひっかかりは少ない。楽曲を紐解いてみて初めて、複雑なコード進行だったことがわかる……というのは、以前のコラム(参考:ユーミンのメロディはなぜ美しく響くのか 現役ミュージシャンが“和音進行”を分析)でも解説しました。椎名さんはそれとはまったく対照的で、一発で耳に残るコードワークを好んで使用しています。椎名さんと方法は違いますが、aikoさんにも同じことが言えますね(参考:aikoのメロディはなぜ心に残る? ミュージシャンが楽曲の“仕組み”をズバリ分析)」
その手法は、ともさかりえに提供した「カプチーノ」でも使われている。
「冒頭の『あと少し あたしの成長を待って』の『待って』が『3度のメジャー』です。これだけ多く『3度のメジャー』を使っていることを考えると、椎名さんは、曲によってはポップスやロックで一般的なメジャースケール(長音階)ではなく、ハーモニックマイナースケール(和声的短音階)で書いている……と言ってもいいかもしれません」
椎名の楽曲に「派手さ」を付与するもうひとつの要素は、メロディラインに合わせた言葉の使い方だ。小林氏は「一つひとつの音が重く、ハッキリしている」と、その特徴を指摘する。