柴那典がBUMP OF CHICKEN ×初音ミク「ray」を基点に解説

BUMP、冨田勲、渋谷慶一郎……初音ミクと大物アーティストがコラボする意義とは?

 実は、初音ミクと第一線のプロミュージシャンのコラボは、2010年代に入ってきてから行われるようになった新しい動きだ。00年代後半のボーカロイドのシーンはあくまでアマチュアミュージシャンたちが中心になって作り上げたものだった。ボカロPがメジャーデビューすることはあれど、メジャーな領域で活動してきたアーティストが初音ミクとコラボすることは、なかなか無かったわけである。

 その先陣を切る大きな動きとなったのが、2012年11月に世界初演された冨田勲による『イーハトーヴ交響曲』だった。

 宮沢賢治の物語世界をモチーフに、総勢300人におよぶオーケストラ・合唱団と初音ミクが共演したことで話題を呼んだこの作品。日本が世界に誇るシンセサイザー音楽のパイオニアと初音ミクとのコラボにあたっては、クリプトン社が全面的に技術開発に協力している。実は、この時にクリプトン社が独自開発したスクリーンを元にした「イーハトーヴ仕様スクリーン円筒版」が、今回の「ray」のミュージックビデオ撮影にも用いられている。

 そして、続いて初音ミクにとって大きなコラボとなったのが、ルイ・ヴィトンの衣装提供も注目を集めた、渋谷慶一郎+初音ミクによるボーカロイドオペラ『THE END』だった。

 2012年の年末に山口情報芸術センター「YCAM」で初演された同作は、2013年5月にはBunkamuraオーチャードホールにて上演。11月にはフランス・パリのシャトレ座で上演され、世界的な評価を獲得している。この『THE END』のプロジェクトにプロデューサーとして携わったのが、クリエイティブカンパニーA4Aの東市篤憲氏。今回のミュージックビデオ「ray」の監督だ。

 つまり、初音ミクの側にとっても、今回の「ray」は、『イーハトーヴ交響曲』『THE END』と積み重ねてきた“本気”のコラボレーションの流れに繋がるものだったわけである。

 今回、初音ミクの歌声のプログラミングを手掛けたkz(livetune)は、「Tell Your World」などボーカロイド楽曲の数々を手掛けてきたシーンの代表的なクリエイターの一人。今回のコラボにあたっては「誠心誠意、一ファンとして尽力しました」と、ツイッターにてコメントを発表している。彼と同じく、20代の音楽リスナーの中には、中学生や高校生の頃にBUMP OF CHICKENにハマり、大学に入ってから初音ミクに出会ったという世代の人も多いだろう。

 また、近年では初音ミクのファン層が低年齢化し、リスナーは女子中高生や小学生にまで裾野が広がっている。そういった人たちの中には、今回のコラボがBUMP OF CHICKENというバンドに触れる初めてのきっかけになる人も多いはずだ。これを機会に、バンドの持つ思春期性が新しいリスナー層に改めて大きな魅力となって伝わることも予想される。

 今回のBUMP OF CHICKEN×初音ミクのコラボが、お互いにとって、そして今後の音楽シーンにとって、大きな布石となることは間違いなさそうだ。

■柴 那典
1976年神奈川県生まれ。ライター、編集者。音楽ジャーナリスト。出版社ロッキング・オンを経て独立。ブログ「日々の音色とことば:」Twitter

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