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韓国ではなぜ権力を映画で描くのか? 『ザ・メイヤー 特別市民』が映し出す、政治の世界の欲望

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 昨年の今頃は、『哭声/コクソン』、『アシュラ』、『お嬢さん』と韓国の映画が次々と公開され話題となった。その後も『新感染 ファイナル・エクスプレス』のヒットもあり、韓国映画に期待するファンの数も増えたのではないだろうか。今年も『タクシー運転手 ~約束は海を越えて~』や『ザ・キング』など、韓国映画が続々と公開されるが、今年は、政治や権力を絡めて描いた作品が多いというのも特徴だ。

 今回紹介する『ザ・メイヤー 特別市民』は、その中でも政治の世界を直球で描いた作品である。物語の主人公は、ソウルの市長を二期務め、三期目の再選を目指し、ゆくゆくは大統領になろうとするビョン・ジョングだ。

 彼は、映画の冒頭、若者との対話のためのイベントでラップを披露したり、検索で1位になる動画制作をスタッフに命じたりと、有権者へのイメージを巧みに操り、政治をショーと考えているような人物。その若者とのイベントの場で鋭い質問をしたパク・キョンを、選挙戦のチームに招き入れたところから物語はスタートする。

 この市長を演じているのが、チェ・ミンシクなのだが、彼が演じるからには、一筋縄ではいかない人物像となっている。市民に寄り添う、情に厚い政治家のイメージを保ちながらも、裏では市長だからと権威をふりかざし、通行規制を電話1本で解除させたり、ヤクザとも関係を持っていたりする。また、ソウルである事故が起こったときには、いち早くかけつけながらも、裏では豪勢な弁当を食べていたりもする。事故現場に向かうときに、いかにも必死でかけつけたかのように髪を乱し、市民や記者たちに見えるように、さっそうと自らのジャケットを脱ぎ、作業服に着替えるシーンでは、市長のヒロイズムやナルシシズムに基づいた演技じみた行動が見えて、彼の性質を物語っていた。

 こうした裏と表の顔を描くことで、人間的な部分が見えるといえばそうなのだが、次第に、怖さのほうが大きくなってくる。しかし、その怖さは、あからさまではないために、政治家ならば、これくらいの汚れたことにも対応できないとやってられないのかもしれないと思わせるところがあり、どこかで、この人は、根っからの悪人ではないし、悪に打ち勝つ強さがないだけで、結局は良心のほうが勝つ人なのかもしれないと思わせる。そのことで、最後にどうなるのか先がまったく読めなくなるのである。

 チェ・ミンシクと言えば、映画『新しき世界』でも、イ・ジョンジェ演じる潜入捜査官に裏で指示を出す警察の上司を演じた。このときの役も、一見人情派にも見えるが、やはりその裏には得体のしれない怖さがあった。

 今回のチェ・ミンシクは、『新しき世界』のように、誰かを裏で操る役ではない。しかし、彼を補佐しつつも、ときには操ろうともしている選対本部長のヒョクスという役を、『哭声/コクソン』や『アシュラ』のクァク・ドウォンが担っているのだからそこにも注目しないわけにはいかない。

 しかも、ヒョクスの中にも野心があり、市長のためを思って日々行動しているように見せながらも、次第にその行動にも裏があることが見えてくる。そのことにいち早く気づくのが、日本でもリメイクされた『怪しい彼女』で一躍スターに上り詰めたシム・ウンギョン演じるパク・キョンなのだ。

 彼女は、もともとは広告の世界で生きてきて、その手腕を認められて市長のもとで働くことになるのだが、市長をはじめ、選対本部長や、市長を追う女性記者などと接するうちに、一筋縄ではいかない政治の世界の表と裏の間で正義感に揺さぶりをかけられる。いわば、映画の中で誰かには正義で動いていてほしいと願って見ている、私たちの視線を代表しているような人物である。

 そんな彼女が最後に見たものは、そして選対本部長のヒョクスや、市長のジョングが見る景色はどんなものなのか、最後の最後まで予想のつかない展開であった。

      

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