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『カルテット』最終話で真紀が“こぼした”ものとは? どこまでもグレーな結末を読む

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 「こぼれたのかな……内緒ね」。そう言う真紀(松たか子)と鏡越しに視線が交差した瞬間、目を見開いたのはすずめ(満島ひかり)だけではなかったはず。ドラマ『カルテット』は、全てがグレーのまま幕を閉じた。あぁ、なんて行間案件のドラマだったのだろう。

グレーのままでいい、という愛情

 疑惑の人となった真紀が、コンサートで演奏しようと選んだ楽曲は『死と乙女』だった。第9話で、真紀にすずめが話した「好きはこぼれる」という言葉をふまえるのなら、こぼれたのは「この曲が好き」という意味かもしれない。だが、義理父の「死」が近くにある真紀は、その選曲に意味があるのではないかと勘ぐられてしまうだろう。

 でも、すずめにとって真相はグレーのままでかまわなかった。白黒つけたがるときは、往々にして相手を糾弾したいときだ。味方でいる分には、白でも黒でもそばにいることには変わらない。内緒にしたい秘密があっても「信じてほしい」と言われたら信じる、それだけだ。

 だから、カルテットドーナツホールの4人は、おたがいの秘密を探らない。きっと気持ちと同様に、秘密はときどきこぼれてしまうものだ。仮に、その片鱗が見えたとしても「いいよ、いいよ」と隠すのを手伝うほど、圧倒的な味方。

 真紀の黒髪に混じった白髪(グレー)を見ただけで、離れていた間の苦労を察し、「連れて帰る」と抱きしめたすずめ。そんなふたりを家森(高橋一生)も包み込む。そして、微笑みとともに見つめる別府(松田龍平)。「本当は何があったんだ」「なんで連絡してくれなかったんだ」「カルテットはどうするつもりだったんだ」そんなふうに白黒つけようとする人は、ひとりもいない。そして真紀もまた、試験勉強に勤しむすずめ、週7日で働く家森、会社を辞めた別府を見て、自分がいない間の変化を、ただ受け入れるのだ。

 だが、相手をグレーのまま許容するのは、決して簡単なことではない。相手のことを察する。そして、自分のことを察してもらって当然と思わないことだ。この愛情の形は、この『カルテット』というドラマと視聴者の関係性にもつながっている。真相はグレーのままでも、このドラマの味方でいられるかどうか。

 たしかに白黒つければ、スッキリはするだろう。だが、それは知りたい側のエゴなのだ。好きも嫌いも、過去も未来も、明確な言葉になんてならない。わからないことは、恐怖であり楽しみでもある。それが「ミゾミゾする」という言葉につながっているのではないか。

      

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