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『不思議惑星キン・ザ・ザ』の“SF=すこしふしぎ”な魅力ーー80年代ロシア発のカルト作を観る

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 あの『不思議惑星キン・ザ・ザ』がデジタル・リマスター化されてリバイバル公開されると聞いたときに、真っ先に思い浮かんだ感想をロシア(旧ソビエト)映画ファンらしい表現で言えば、「なんで今さら帰ってきたんだ」。これは2004年に公開されたアンドレイ・ズビャギンツェフの『父、帰る』のキャッチコピーである。

 何せ本作が日本で初公開となったソビエトSF映画祭が行われた1989年に生まれた筆者は、当然のように公開当時に観られるはずもなく、2001年のリバイバル時に奇抜な予告編に惹かれて観に行ったわけで。中学生になったばかりの少年にとってみては、一体何の映画を観に来たのか途中からわからなくなるし、シニカルすぎて笑いどころにも困るしで、すっかりソビエト映画のイメージもSF映画のイメージも180°変えられてしまったのである。

 それから15年間、あれだけ幻の映画と言われていたはずの本作は、至るところで上映され、DVDレンタルまでされるようになった。それでも鮮烈すぎる初見時の印象に負けて、なかなか手が出せずにいたが、こうして久々のロードショー公開となれば重い腰を上げることも苦ではない。そういうわけで、改めて観て思ったのは、「宇宙だと言い張れば宇宙の映画になる」ということだ。

 多くの映画が、設定を語らせることで説明臭くなってしまうにも関わらず、本作では何故か違和感がない。ひたすらハリボテのような宇宙船と、砂漠が広がる画面なのに、これはどう観たってスペースSF映画でしかない。映像技術が進化しすぎて、SF映画は一目でわかるようになった現代からすれば、強烈なキャラクターと不可思議すぎる設定だけでSF要素を勝ち取った本作は、アイデアの宝庫なのだ。『スター・ウォーズ』も裸足で逃げ出す設定密度の高さには驚嘆せずにはいられない。

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 まさに、藤子・F・不二雄が言っていたような、“SF(すこしふしぎ)”の意味合いが本作にはよく似合う。普通の日常を送っていた男二人が、突然異星に連れて行かれ、まったく価値観の違う人間たちと友情を築いていく物語なのだから。しかも、当時のソビエト社会を風刺した内容を織り交ぜ、厳しい検閲をすり抜けるためにユニークで曖昧な描写でまとめている。このくらい小粋に社会風刺ができる知恵は現代人も忘れてはならないだろう。

 もちろん、製作から30周年という節目の年だからというのもリバイバル公開の大きな要因である。デジタル・リマスター化されるということは、それだけ今でも本作が愛されていて、上映の需要が多いということの何よりの証だ。しかも、公開当時批評家から散々な扱いを受けた本作を、真っ先に評価した映画祭の開催地と同じリオデジャネイロで、オリンピックが開催されたタイミングというのも面白い偶然だ。

      

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