綾野剛はなぜ、30歳を過ぎてからブレイクしたのか? 俳優としての特異性を考察

 綾野剛の快進撃が止まらない。今夏は主演作『新宿スワン』(園子温監督)を皮切りに、『S−最後の警官-奪還 RECOVERY OF OUR FUTURE』(8月29日公開・平野俊一監督)、『ピース オブ ケイク』(9月5日公開・田口トモロヲ監督)、『天空の蜂』(9月12日公開・堤幸彦監督)と、出演映画が立て続けに公開されるため、役者としてのバリューも含め、一つのピークを迎えた感がある。ところがそれに反するかのように、筆者の周りやネットでの「綾野く〜ん♥」というテンションのファンは減少しているように感じる。役者にとってある種の理想の状態に綾野が立つことができた背景には、彼がある時機にキャリアと年齢のズレを転機として意識的に利用した戦略が見えてくる。

 お茶の間の女性からのハートマークが綾野に向かって飛び始めたのは、NHKの連続テレビ小説『カーネーション』(11年)の周防役からだろう。長崎弁を話す物静かな仕立屋が人妻と禁断の恋に落ち、プラトニックなままお互いの思いに蓋をする。この好青年でありながら、綾野剛のミステリアスな資質が加味されたキャラクターは、12年1月頃、わずか一ヶ月間の出番でありながら、筆者のような朝ドラを見る習慣がない層をも釘付けにした。

 当時、綾野の年齢は30歳。朝ドラでヒロインの相手役を務める新進俳優としては異例の高さだった。

【NHK朝の連続テレビ小説で、ヒロインの恋の相手を務めた男優の出演時の年齢】
『カーネーション』(11年後期) 綾野剛 30歳
『梅ちゃん先生』(12年前期) 松坂桃李 24歳
『あまちゃん』(13年前期) 福士蒼汰 20歳
『ごちそうさん』(13年後期) 東出昌大 25歳
『まれ』(15年前期) 山崎賢人 20歳

 『カーネーション』の視聴者は、突然自分の視界に周防として入ってきた、まだ色もイメージもついていない綾野剛に対し、デビューしてだいたい5年目、25歳くらいの若手俳優と受け止めたのではないか。しかし、実際は30歳。朝ドラで注目された若手男優は、そこで得た認知度と好印象をベースに、王子様タイプの役や、好感度の高い役を演じてキャリアを積んでいくパターンが多い。綾野にとって、24歳前後の世代と役を競い合い、経験を積むのもひとつの方法だったが、そうすると若手イケメン枠に入れられてしまい、そこからの脱出と、本人が重ねる実年齢との乖離に苦しむことになる。

 それを見越したからか、綾野は朝ドラ男優の正規ルートを放棄して大人の俳優へと急激に舵を切る道を選択し、汚れ役や悪役、マイノリティの役、性的描写のある役柄、人間の汚い部分に目を向けた作品やそれを体現する役柄に次々と挑戦していく。『ヘルタースケルター』(12年・蜷川実花監督)では、沢尻エリカが演じるりりこに骨抜きにされる男を演じ、濡れ場にも挑戦した。ドラマ『クレオパトラな女たち』(12年)や、『横道世之介』(13年・沖田修一監督)ではともにゲイの青年役を演じている。『るろうに剣心』(12年・大友啓史監督)では顔に傷のある敵の外印役。主演作『シャニダールの花』(13年・石井岳龍監督)ではシュールで耽美な作品世界に咲くさみしげな目をした植物学者を、『夏の終わり』(13年・熊切和嘉監督)では主人公の愛人を、そしてドラマ『最高の離婚』(13年)では優柔不断なモテ男を演じた。どの役もミステリアスでクール、不幸の匂いと弱さがあり、その足元から伸びる影を女たちは追わずにいられない。その最高峰が、『そこのみにて光輝く』(14年・呉美保監督)だ。トラウマを抱え人生を諦めている男を演じるにあたり、自分を汚すことを厭わない綾野は毎日飲酒し、むくんだ顔と身体で現場に立っていたという。池脇千鶴との魂の交換といえるベッドシーンも、綾野の俳優としての成熟を証明し、彼は本作で数々の映画賞を受賞した。

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