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渡辺志保の新譜キュレーション 第9回

ジェイ・Z、ケンドリック・ラマー……2017年上半期、“シーンを変えた”ヒップホップアルバム5選

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 2017年も駆け抜けるようにして半分以上が過ぎ去ってしまった。本稿では、今年上半期のヒップホップ・ベスト・アルバム5選をお届けしたい。単純に「よかった」アルバムだけを選んだのではなく、内容やセールス実績、リリース手法において何かしら“ゲーム・チェンジング(=シーンを変えた)”なインパクトを持つ作品を選んだ。

ジェイ・Z『4:44』

 まず、6月30日に突如リリースされたジェイ・Zの新作『4:44』を。タイトルの数字は時間を表すもので、ジェイ・Zが突如午前4時44分に飛び起きて作ったのが表題曲である”4:44”だ。書き上げたらちょうど4分44秒の曲になったそうで、そのままアルバムのタイトルにしたとの逸話がある。ご存知、ジェイ・Zの妻は世界のディーヴァ、ビヨンセだ。そしてビヨンセは昨年、自身の配偶者(=ジェイ・Z)の不貞を暴き、怒り、そして赦したパーソナルかつドラマティックな内容のビジュアル・アルバム『Lemonade』を発表したことでも知られる。「4:44」では、「女遊びが過ぎた、謝るよ。頼むから電話をとってくれ。君は僕よりもずっと早く成長している。あの誕生日、君を傷つけてごめん。僕がしでかしたことを子供たちが知ったら…俺は死にたいくらいだ」と、これでもかとビヨンセへの謝罪が続く。

 他にも、ジェイのパーソナルな独白は続く。招いたゲスト・ミュージシャンはダミアン・マーリーとフランク・オーシャンだけ。ソウル・ミュージックのサンプリングを多く用い、ノスタルジックな音色のサウンド・プロデュースは全曲ノー・IDによるもの。そして、コーラスで妻のビヨンセが参加していたり、実母であるグロリア・カーターの語り音声をフィーチャーしていたりと、これまでのジェイ・Zの作品と比べると、驚くほどミニマムな作りだ。妻への謝罪や家族への感謝などと一緒に、「The Story of O.J」では、ピカソの絵を用いて投資の有益さを説き、若者に対して「社会的・経済的な信用を身につけろ、一瞬手にした大金に惑わされるな」という、経営者としても大いにその手腕が評価されているジェイならではのリリックを用いて、他の者を黙らせる。白黒のアニメーションをベースに、いわゆるアフリカン・アメリカンのステレオ・タイプを多用して自嘲と警告を孕むMVも見事だ。

JAY-Z – The Story of O.J.

 デジタル版は10曲の内容だが、追って発売されたフィジカルCD版には、事前のアルバム告知CMにも使用され、実父について語った「Adnis」や、5歳の愛娘、ブルー・アイヴィーちゃんによるラップ (!)をフィーチャーした計13曲が収録されている。また、『4:44』の最初の広告はマハーシャラ・アリ、ルピタ・ニョンゴそしてダニー・グローヴァーの名前が掲載されており、「4:44」のMVではルピタが踊る様子が確認できるものの、こうした名優たちが最終的にどのような形でフィーチャーされているのかなど、今後も『4:44』に関する謎解きは多く用意されていそうだ。

JAY-Z – 4:44

 ただ、本作に関して純粋な音楽アルバムではない、と穿った見方を示すものもいる。『4:44』は発売一週間もせぬうちに100万枚の売り上げを記録し、プラチナム・アルバムに認定された。これで、ジェイ・Zはこれまでのキャリアのうち発表した13作のオリジナル・アルバムが全てプラチナム・レコードを獲得したこととなる。だが、この数字にはからくりがあるのだ。SprintとTIDALの共同プロジェクトとして発表された本作は、Sprintが自社ユーザーに提供するために100万部を事前に購入したとされており、『4:44』の発売日に被るビルボードのアルバム・チャートには『4:44』はランクインしていない。なぜなら、ビルボードは単一購入者による同時複数購入はチャートにカウントしておらず、一人の購入者が同じタイミングで100万枚を購入しようとも、記録される売り上げ枚数は「1」と同じことなのだ。そして、ジェイ・Zは今回だけではなく既に類似したケースを経験済みだ。前作『Magna Carta Holy Grail(MCHL)』(2013年)も、SAMSUNGが発売した新作スマートフォンのユーザー特典として発表されたものだった。この時もSAMSUNGがアルバム100万枚にあたる部数を購入し、『MCHL』は発売後間もなくプラチナム・レコードと認定された。こうなると、ジェイが一巨大企業のために音楽コンテンツを生み出しているのか、それともジェイ本人が企業をうまく利用して自身のプロモーションの追い風にしているのかどちらなのか、いずれにせよ“音楽アルバム”としての本質が分からなくなりそうにもなる。ケンドリック・ラマーが本作を「ワオ、(ジェイ・Zは)師匠だ」と称賛しているのに対し、50セントは「スマートすぎる。俺はメガネを掛けて腰にセーターでも巻いている気持ちになった。アイビー・リーグですかっての。まるでゴルフ・コース・ミュージックだ」と一蹴して見せた。また、カニエ・ウエストやフューチャーらに向けたと思われる攻撃的なリリックも話題になり、金の使い方や自身の離婚問題などを揶揄されたフューチャーは、ジェイがリリック内で批判している「マネー・フォン」(札束を分厚く積み上げて、耳元に当て、まるで札束で電話をしているかのように見せること)のポーズで写真を撮り、ジェイをおちょくるかのような反応をしめした。いろんな意味でもフォーブスの億万長者ランキングの常連でもあるジェイ・Zならではのアルバムと言えるが、デビュー21年目となる熟練のラッパーならではの金言に溢れたアルバム作品であることは間違いない。

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