井上陽水のライブは現在も日本最高峰 洗練と野生が交錯した『UNITED COVER 2』ツアーレポート

コンサート 2016『UNITED COVER 2』レポ

 その後はカバーアルバム『UNITED COVER 2』の収録曲が演奏される。特に印象的だったのは吉田拓郎の「リンゴ」。名盤「元気です。」(1972年)に収められたナンバーだが、この曲を陽水は、拓郎との関係を軽くユーモアを交えながら話した後(“吉田拓郎は当時フォークシンガーと呼ばれていたアーティストのなかでいちばん早く全国区になった人であり、とても尊敬している。ただ、その後、僕のアルバム『氷の世界』が信じられないほどの評判を呼び、すごく売れたことにちょっと良くない感情をお持ちになったかな…”みたいな話をジョークで語っていた)、A.C.ジョビン直系の洗練されたボサノバ・アレンジでどこまでも軽やかに歌い上げてみせた。“吉田拓郎の初期の名曲を井上陽水がカバーする”という、ともすれば重い意味を持たれてしまいそうな企画を、こんなにも洒脱に表現できるセンスもまた、彼の大きな魅力だ。

 約15分の休憩を挟み、淫靡で憂鬱な手触りのタンゴ・アレンジを施した「ジェラシー」(1981年)から始まった第2部では、ジャンルの壁をヌルッと抜けながら自由自在に織り交ぜた音楽性、そして、シンガーとしての魅力がさらに濃密に体現されていく。ブルージーなギターフレーズに導かれたロックチューン「嘘つきダイヤモンド」、フォークロック的なアプローチのサウンドと普遍的なメッセージ性がひとつになった「最後のニュース」、そして、サルサのエッセンスを強く反映させたアレンジが印象的だった「氷の世界」。サウンドのイメージ、歌の内容は1曲ごとに大きく異なるが、そのすべてをあの声がしなやかに結びつけてしまう。歌という表現において、井上陽水の存在が現在も日本の最高峰にあることがはっきりと伝わってくるパフォーマンスだった。

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 アンコールではまず「前向きな曲が少なかった気がするので、カニ好き代表としてこの曲を」と「渚にまつわるエトセトラ」を披露し、会場を大いに沸かせる(ここで初めて“総立ち”に)。さらに代表曲「夢の中へ」、全盛期のフランク・シナトラを想起させるような歌唱による「夏の終わりのハーモニー」によってライブは終了した。ロックンロール、ジャズ、ソウル、ブルース、フォーク、サルサ、ボサノバ、タンゴなどを自在に融合させながら、感情の発露をギリギリのラインで抑え、洗練と野生が混ざり合うような歌へと昇華させる。その様はまるで万華鏡……いや、曼陀羅絵のよう。井上陽水はポップミュージックの南方熊楠である。

(文=森朋之/写真=有賀幹夫)

■オフィシャルサイト
http://yosui.jp/

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