ずっと真夜中でいいのに。色褪せない宝物を掘り起こし続けてきた歩みの結晶 『形藻土』で問いかける“形”の意味
3rdフルアルバム『沈香学』(2023年)のリリース以降、アニメや映画のタイアップを含む新曲のリリースから、国内外を舞台にしたライブの展開まで、ずっと真夜中でいいのに。(以下:ずとまよ)の活動はさらなる広がりを見せてきた。そのなかでも象徴的な出来事として挙げられるのが、大阪・関西万博の会期中である昨年9月2日、関西万博会場内 EXPO アリーナ「Matsuri」で開催された特別公演『オモテEXPO 2025「名巧は愚なるが如し」』だ。このステージは、ボーカルであり作詞作曲も担うACAね自身が交渉、採算を度外視して自主制作という形で実現した。そうした経験を経て、約2年9カ月ぶりとなる3月25日にリリースされたニューアルバム『形藻土』には、蓄積された知識や経験が色濃く反映されるとともに、ACAねの思考の解像度が、隅々にまで行き渡っている印象を受けた。
本作には、社会に懐疑的な視線を向けつつも、“普通”を逸脱しながら、心の拳を突き上げるアバンギャルドな楽曲が収録されている。たとえば、パーティーチューンとしての高揚感を軽やかに提示する「TAIDADA」、気泡のような粒子感をまとったユニークな音像が広がる「蟹しゃぶふぁんく」、インタールード的なナンバー「アンチモン」、そして80年代テクノの系譜に連なる「よもすがら」。なかでも、虚無感や孤独感に苛まれる夜に〈孤独じゃなきゃ眠れない 眠れない〉とこぼす「クズリ念 (Live in Studio_温蔵庫)」は、孤独を“光”に変える魔法。歩みの蓄積が、自信と説得力としてくっきりと現れ、聴く人に寄り添う。
まず真っ先に耳を奪われたのは、ACAねの歌声の聴き心地の良さだった。これまでにも日常の香る歌を紡いできたずとまよだが、本作ではそのボーカルが、身体的に耳に触れ、まるで生活音の一部と化した質感を獲得している。言うなれば瑞々しい温度をそのまま封じ込めたボーカルだ。それと同時にハッとさせられたのは、「地球存在しない説」で顔を出す、人の実体を曖昧にした声や、「蟹しゃぶふぁんく」でのミステリアスな声色に浮かび上がった、その歌声の柔軟性。ぬくもりとともに空気まで運び、こちら側にそっと挨拶してきたのが、本作でのACAねの歌声だった。
「音楽の肌触りが希薄になった今だからこそ、生活のメモのような、人間の質感をこれからも繋ぐような、実際に皮膚に触れられる音楽にこだわりたい」。公式サイトに記された本作に対するACAねのこのメッセージを見て、腑に落ちた。
また、70・80年代のアイドル歌謡の空気感を持った「クリームで会いにいけますか (Disco Re-Edit)」や、ファンキーなブラスセクションが躍動する「海馬成長痛」、さらにはライブではオープンリールや、ブラウン管テレビ、電子レンジを楽器として演奏したり、サウンドにおいても新しさ一辺倒ではない“温故知新”の精神が流れているのも、ずとまよの独自性のひとつになっている。ひときわ印象に残ったのが、80年代アニメの主題歌を想起させる、無垢で弾けたメロディラインの「ultra魂」。ラジカセにカセットテープをセットし、再生ボタンを押すまでのリアルな音から踊り出すこの楽曲は、ふとノスタルジーを呼び寄せる。さらに、壮麗なサウンドスケープが広がる10分超えの「lowmotion algae」は本作の中核を担う一曲だ。その長尺ぶりと前述のACAねのメッセージから、この曲はタイパ重視のストリーミング時代への皮肉だと早合点していたが、今はそうとも言い切れない気がしている。タイトルを直訳すれば“ゆっくりと動く藻類”。おなじみの扇風琴やオープンリールが登場するなか、〈夕陽〉〈旅立ち〉〈時間〉〈潮風〉〈無邪気に はしゃいでた〉〈横顔〉〈大人になれたなら〉と、記憶の断片が言葉として連なっていく。未体験の柔らかさを湛えたACAねの独唱がそれらをすくい上げることで、過去の情景や風、匂いまでもが鮮明に蘇ってきた。10分を超える尺は、ゆっくりと過去にスライドしていった時間の厚みと捉えることもできる。
そしてここで思い出されるのが、特別公演『オモテEXPO 2025「名巧は愚なるが如し」』でACAねの口から引用された石坂浩二の言葉だ。本公演に加え、1970年の大阪万博でもナレーションを務めた彼に、あるときACAねが当時と現在の違いを尋ねたところ、「シンプルで楽観的だった時代と比べて、今は様々なことが複雑になっている。けれど、人間の本質はそれほど変わらないようにも感じる」と返ってきたという。この言葉からヒントを得たのは、音楽のトレンドも、その届けられ方や聴かれ方も、時代とともに移り変わっていくということだ。しかし、常に人が求めているのは、どんな形になっても残り続ける“あたたかな感触”と、そこにあった出来事だろう。その手触りや記憶に触れる瞬間を、日々のなかで少しずつ増やしていくこと。それこそが“生活”であり、本作からのメッセージだと、筆者は受け取った。そこで、あるひとつの確信にも至る。それは、時代を超えても価値を失わない宝物を掘り起こし、何度でも再生し続けてきた軌跡。まさに、ずっと真夜中でいいのに。の形そのものではないか。
アルバムタイトルになっている『形藻土』は、海や湖に生息する植物プランクトンが死に、沈殿して化石になった土である珪藻土に着想を得たものだが、どうして、“形”という語が選ばれているのだろう? 形を変えながらも残り続けるもの、形を実感すること、あるいは個性など、さまざまな解釈が可能だが、本作を聴き込むほどに、その答えを求めること自体がナンセンスだとさえ思えてきた。長澤まさみ主演のホラー映画『ドールハウス』の主題歌にもなった「形」にも、〈形があるだけでえらいよ〉と歌われているように。ただ、時をたゆたう。そのなかに、確かな価値があるのだから。


























