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SAが明かす、メジャーデビューの理由

SAが結成30年を越えてメジャーデビューした理由「オレらは音楽で若い世代にビンタしていきたい」

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冬将軍
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 SAは1984年、ボーカル・TAISEIが高校生のときに結成したバンドであり、1987年に解散した。そして1999年、TAISEIのソロプロジェクトとして復活。2001年、ギター・NAOKIの加入、2002年より正式なバンドとして活動を開始。そして2016年1月20日、SAは遂にアルバム『ハローグッドバイ』でメジャーデビューを果たす。日本のみならず、海外においても“SA aka. Samurai Attack”として独自のパンクスピリッツを見せつけてきた彼らは、いま何を考えるのか? TAISEIとNAOKIに話を訊いた。昨年7月11日に行われた日比谷野外大音楽堂ワンマン『BRING IT ON FINAL<結>』のこと、メジャーデビューのこと、音楽シーンのことーー。なんとも、男臭くて、痛快なインタビューである。(冬将軍)

「テイチクが声をかけてくれたときに『仲間が増えた』と思った」(TAISEI)

――昨年、初の日比谷野音ワンマンライブが大盛況に終わり、現体制で15年目を迎えるタイミングということで、バンドとして非常に良い状態でのメジャーデビューだと感じたのですが、2人はどういう心境でしょうか?

TAISEI:野音を終えたとき、今までやってきたことに対して「結果を出せたな」という実感を得られた。そんなフラットな状態のときにメジャーの話が来たから、「いいじゃん、やろうぜ」という、良い意味での軽さとでもいうのかなぁ。

NAOKI:バンド14年の集大成でもある野音が成功したときに、テイチクさんから話をいただいたので、そこにおのずと結びついた感覚でもあります。でもまさか、そんな話が来るなんて思ってなかったんですよ。

TAISEI:48歳(TAISEI)と50歳(NAOKI)の人間がね、今さら「メジャーに行く」なんていう発想はそもそもなかった。ガキの頃だったら、「ヤッター!!」という気持ちになったのかもしれないけど、オレら、もう14年やってきてるから。

NAOKI:あのとき、どんなリアクションしてったっけ?「イエーーーイ!!」は言ってないよな?

TAISEI:「……メジャーだってよ(ニヤリ)」って感じかな(笑)。

――あらためて、野音ライブに至った経緯を教えてください。

TAISEI:30代からまたパンクバンドをはじめて。14年走り続けると、正直しんどいところもあるわけ。だから、自分たちで1回ゴールを決めようよ、と。そして、「そのドでかいゴールはどこか?」と考えたら、ガキの頃に憧れた“ロックの聖地・野音”だった。オレらのようなバンドだと、モッシュやダイブが起こったりするわけで「指定席形式の会場はどうなんだろう?」とも思ったけど、Zeppはちょっと違うぞと。

NAOKI:結成1年目で(下北沢)シェルターワンマン、2年目で(新宿)ロフトワンマン、そして(渋谷)クアトロへ行く、(恵比寿)リキッドルームへ行く。そこからしばらくそのままだったんですよ。毎年、リキッドをピークに1年が終わるんです。同じテイチクさんのレーベルメイトに怒髪天がいて。仲も良い彼らが武道館まで行った姿は刺激になった。オレらも次の大きな舞台を考えたとき、やっぱり野音にたどり着いたんです。霞が関にパンクが響き渡るんですよ、オレたちのファンの歓声とともに。こんなカッコイイことないもんね。

TAISEI:あと、このくらいの歳になっても、たまには「おまえら頑張ったね、すごいね」って褒めて欲しかったんだよね(笑)。

――野音を終えて、バンドとして得たものは大きかったと思いますが。

TAISEI:普段やらないけど、終わったあとメンバーみんなで抱き合ったもんなぁ。「オレら、やってきて良かった」「この4人だったら絶対勝てる」という気持ちになったね。

NAOKI:「まだ行ける」という自信がつかめた。野音のステージの先頭にTAISEIがいる、オレはその後ろでギターを弾く。夕焼け空に染まって歌うTAISEIの後ろ姿の向こうに大歓声がある、その絵の中にまだ向こうが見えたんですよ。それはSAの未来であり、メンバー各々の立ち位置から見えた世界があると思う。あの日は、日本中のオレたちのファン、応援してくれるヤツら1人1人を抱きしめてやりたくなるくらい、すごかったね。ステージに飾ったフラッグも彼らが書いて送ってきてくれた。

――その野音ライブの模様が映画『劇場版SA サンキューコムレイズ』として2月より公開されます。「〜UNDER THE FLAG〜」(主演:SA/共演:コムレイズ)と「〜UNDER THE SKY〜」(主演:コムレイズ/共演:SA)という、バンド目線とファン目線という2パターンありますね。(※コムレイズ=SAのファンの総称)

TAISEI:元々はDVDにする予定だったんだけど、監督の意向で「どうしても映画にしたい」というところから始まり、編集を進める中で、コムレイズ目線からの映画も作りたいと。全国から集まった「SAを盛り上げてやる、絶対に野音を成功させてやる」という想いと、ライブ中に泣いてる彼らを見て「コムレイズから見た野音の映画も作るべきだ」という気持ちになったみたいで。オレはもちろん賛成だった。この野音はオレらだけで作り上げたものじゃないというのはあったから。

NAOKI:涙と笑顔の決起集会だったよ。お客さんの泣きっぷりがハンパなかった。「え?!これパンクバンドのライブ?」っていうくらい、人目もはばからず泣いてるんだよ。そんな彼らを宝物だと思えた。今まで2000本以上やってきましたけど、あそこまで感情的になったライブはないです。あんな体験はしたことがない。だから、このライブが映画になるというのも、必然的なものであるのかなと。「オレたちにはなんの後ろ盾もねぇ、でかいプロダクションもねぇ、ただただオレたちと、そしておまえたちだけでここまで来たんだ」とMCでTAISEIが言ってるんだけど。そのときはメジャーの話もなかったし、この先も何の後ろ盾もなく頑張るつもりでいたんだけどね。

TAISEI:だから、テイチクが声をかけてくれたときに「仲間が増えた」と思ったね。オレらと一緒に闘ってくれる仲間が増えた。野音に来てくれたコムレイズと同じスタンスというか、それがレコード会社だったという。それは、良い関係性であると思う。

――野音に向けて、怒髪天を団長とする「SAコムレイズかかってこん會」が立ち上がりました。矢沢永吉さんからバニラビーンズに至るまで多くのアーティストからコメントが寄せられて。まさに世代とジャンルを超えて慕われるバンドなんだとあらためて感じました。

TAISEI:「オレらパンクだから」「芸歴長いから」みたいな大御所気取りだったら、そうはならなかっただろうし。結成当初から“DON’T DENY,GIVE IT A TRY!!(否定をするな、受け入れろ)”をスローガンにして、若いヤツらや全然違うジャンルのヤツらと一緒にやったらどういう化学反応が起きるのかと思って、ずっとライブをしてきた。パンクロックじゃなくとも「スゲーな」というバンドもいっぱいいたし。

NAOKI:やってることは違えど、熱量で音楽を伝えることはみんな一緒なんですよ。だから、そういう連中とお互いのイベントに行ったり来たりしてきたんです。

TAISEI:ああいうのは、関係もないのに「コメントください」なんていう場合もあるかもしれないけど、オレらはちゃんと一緒に演って、共有し合ったことがある人間ばかりだから。うん、持つべきものは仲間だな。

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