アイドルは「未成熟」を越えられるか? SDN48、恵比寿マスカッツの試みを振り返る

 こうした「アイドル」というジャンルそのものの未成熟性を越えようとした近年の例として、たとえば2010~2012年に活動していたSDN48があげられる。AKB48の「お姉さん」的な位置づけを与えられていた同グループは、AKB48を卒業したメンバーの受け皿としての機能も果たし、また「恋愛禁止」という縛りもなく、一見するとそれはアイドルを未成熟なイメージに閉じ込めない試みであるようにもみえた。それを象徴するように、SDN48が他のアイドルグループとの差別化として打ち出した「アダルト」なモチーフは、その主軸にエロティックさを置いていた。ただし、これはアイドルに幅広さをもたらすようでいて、結果としては人間の未成熟/成熟を、「清純/エロティック」という単純な二極化に導いてしまう発想でもあった。人が「大人になる」ことや成熟していくことは、エロティックさを前面に出すことと同義ではない。AKB48を卒業したメンバーがSDN48に加入するというルートを含め、SDN48がポストアイドル期のあり方としてエロティックさをシンボルにしたことは、かえって対比としてアイドルというジャンルを「未成熟」に留めてしまうし、また歳を重ねることを「セクシー」や「エロス」にばかり代表させるやり方は、人間の成熟というものに対する想像力の貧困にもつながる。ある時期の試行錯誤としてSDN48は成果をあげていたが、そうした難しさもまた常に存在していたように思う。アイドルがキャリアを重ねて成長しつつ長期的な展開を見せるうえでネックになるのは、「卒業」という形式そのものではなく、アイドルというジャンルに属しながら自然に「成熟」するような道筋を描けていないという状況、および未成熟/成熟を二分化して性質を極端に区別してしまうような発想の方なのだろう。

 同じく「アダルト」モチーフから出発したトリッキーな例にもうひとつ触れておくならば、第一世代が2008~2013年に活動し、今年10月に入って新メンバーによる第二世代が始動したアイドルグループ、恵比寿マスカッツ(第二世代のグループ名表記は「恵比寿★マスカッツ」)がある。セクシー女優を中心としたメンバーによる深夜テレビ番組主導のグループというコンセプトからは、一見するとSDN48のように「アダルト」を掲げる趣旨が見え隠れする。そのイメージ通り、初期楽曲は下ネタを主にしたコミックソング的な要素が強いものだったし、テレビ番組内でもセックスを直接に連想させる言動は常にうかがえた。しかし、活動の継続にともなって、マスカッツの楽曲は下ネタよりも彼女たちの「素顔」を切り取るようなものや、番組内の企画に準ずるバラエティ色の強い曲へと振り幅を広げていく。それはグループとしての訴求力を性的なものに頼らず、ごく自然なアイドルグループとしての躍動の方に求めるものだった。同時に、番組内でのエロティックな言動は、「エロ」それ自体の供給ではなく、メンバーの「ネタ」つまり悪ノリとして処理され、その他のボケと並列にツッコミの対象となっていた。「性」に過剰に意味を持たせるわけでもなく、ことさらに「性」を抑制するのでもない、彼女たちの一側面としての「性」を当たり前に目の前に置いておくという自然さ、屈託のなさがそこにはみてとれた。

 もちろんこれは、彼女たちの属性ゆえに獲得した境地だし、繰り返すようにトリッキーな例ではあるだろう。ただし、恵比寿マスカッツが実現してきたのはつまり、「アダルト」あるいは逸脱的なパーソナリティとしていまだ類型化されがちなセクシー女優という属性について、そのステレオタイプを軽やかに否定し、ごく当たり前に多面的な人間像として表現することだった。いまだ強いセクシー女優についての類型化されたイメージの強固さは、「性」がいびつに抑圧されるアイドルというジャンルに対する視線と表裏一体の対照でもある。「アダルト」からスタートするという変則的な仕方で、かえって「性」に過剰な意味を持たせずにアイドルグループとして支持を得ることに成功した恵比寿マスカッツは、後続を生むようなモデルケースにはならずとも、発想として参照されていいだろう。未成熟/成熟についての極端な二分化、特にそれぞれの「性」にまつわるイメージの硬直化が、アイドルというジャンル内に自然な「成熟」を生みにくくしているのだとしたら、そうしたステレオタイプの解消は新たな土壌を生むための必須事項になるはずだ。

■香月孝史(Twitter
ライター。『宝塚イズム』などで執筆。著書に『「アイドル」の読み方: 混乱する「語り」を問う』(青弓社ライブラリー)がある。

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