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岡村詩野の新譜キュレーション 第1回

USインディー・シーンは果たして今もあるのか? 岡村詩野が5枚の新譜から考察

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タイタス・アンドロニカス『The Most Lamentable Tragedy』

 今回からこちらのコーナーで時々レコメンド作品をご紹介することになりました。これから時々登場することと思いますが、どうかよろしくおつきあいください。

  さて、今回まず何をとりあげようかと思案した末に、今回は近年抱えてきているこんな独り言をテーマにしてみようかと思う。“USインディー・シーンなるものは果たして今もあるのか”。筆者はかつて『SNOOZER』という雑誌があった頃、編集長だった田中宗一郎氏に“USインディー朴念仁”と揶揄されたことがある。ニューヨークはブルックリンからはアニマル・コレクティヴらが、オマハからはブライト・アイズなどが、オースティンからはスプーンが、アトランタからはディアハンターが、あるいはカナダからはアーケイド・ファイアなどが……と、それぞれのエリアから多くの精鋭たちが世界的にブレイクを果たした 00年代。それらの動きをずっと追いかけてきた筆者にとっては、例え朴念仁と揶揄されようと刺激的な行為だったし手に余るほどの手応えを残してくれたし、実際にメジャー・フィールドではない場所から発信してきたそうしたバンドたちが、90年代の商業オルタナ的な動きをフラットにさせ、今日の土壌を築いたことを実感する瞬間が今も少なくない。アラバマ・シェイクスの全米1位などは、ホワイト・ストライプスを解散させ、プロデューサーとして、スタジオ・エンジニアとして、そしてもちろんソロ・アクトとして自在のペースで多角的に活動を展開するようになったジャック・ホワイトあたりの功績の上で花開いた結果のようなところもあるのでは、と感じる。

  けれど、近年はどうもその“(US)インディー”という言葉そのものに違和感、抵抗を感じることが増えてきた。いや、インディーそのものがつまらなくなったという意味ではないし、今なお筆者が購入して聴く作品の多くがインディーズからリリースされたものだし、不気味で未知なるスリルを与えてくれる新人音楽家、バンドの多くはやっぱり小さなレーベル所属だったりする。だが、それをしてこれまでのように“(US)インディーが面白い”と無邪気に言い切るのは少し違うような気がしてならなくて、では、それをどのように相対化させていくべきなのか? を考える毎日が続いている、というわけだ。なんにせよ、メジャーと対峙させる言葉としてのインディーという使い回しはもう殆ど意味を持たなくなってきているのかもしれない。

 例えば、ニュージャージー出身のタイタス・アンドロニカスのニュー・アルバム『The Most Lamentable Tragedy』。05年に結成されたバンドにとって4枚目となる今作はスーパーチャンクのレーベル、Mergeからのリリースになるが、過去XLなどからリリースされていたどの作品よりもとてつもなくスケールの大きなロックンロール・アルバムになっているのは象徴的だ。彼らがニュートラル・ミルク・ホテルの影響を受けていることは知られているし、実際にルーツ・ミュージック色をモダンかつ大胆に咀嚼しようとしているバンドの一つであることは誰もが認めるところだとは思うが、アラバマ・シェイクス同様にこのアルバムから形骸化されたインディーっぽさを見いだすことは難しい。むしろ、インディーという言葉にムラ化され矮小化され絡めとられてしまうことへのナンセンスをその豪放な演奏とヴォーカルに強く感じてしまう。70年代後半~80年代のブルース・スプリングスティーン&Eストリート・バンドの持っていた、商業ロックと紙一重のところにいるような熱血漢とダイナミズムがたまらなく眩しい。どういういきさつで今回老舗のMergeからリリースされることになったのか、ともあれ、マック(スーパーチャンク)の目のつけどころはまったくもって正しいということは言える。

  同じく老舗レーベルから移籍第一弾作をリリースしたのが、サンフランシスコから車で4時間ほどのところにあるレディングという町出身の女性シンガー・ソングライター、ジェシカ・プラット。3年前にホワイト・フェンスのティム・プレスリーのレーベルから届けられたファースト『Jessica Pratt』はジュディ・シルやヴァシュティ・バニヤンを思わせるくすんだフォーク作だったが、日本盤としても先頃リリースされたセカンド・アルバム『オン・ユア・オウン・ラヴ・アゲイン』はシカゴのドラッグ・シティからの到着とあって大変驚かされた。いや、ボニー“プリンス”ビリー、ジョアンナ・ニュー サムらのアルバムを発表してきたドラッグ・シティのこれまでの歴史を考えると自然なことではあるが、アコギの弾き語りスタイルに加え、僅かながらも鍵盤が 挿入されることによって音に広がりと豊かさがもたらされ、リンダ・ルイスやジョニ・ミッチェルのような洒脱なグルーヴを感じさせる曲まで誕生したことは注目に値する。

     
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