>  >  > LAMP IN TERRENの異質な存在感

青木優が新鋭バンドの特性を解説

LAMP IN TERREN、松本 大の歌が放つ存在感 各楽曲の世界観を読み解く

関連タグ
J-POP
ROCK
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
150703_l_a.jpg

 LAMP IN TERRENは、現在の音楽シーンで、やや異質の存在感をまとっている。
 
 僕はこの6月30日にも体感したばかりなのだが、彼らのライブは本当に熱く感動するものであるが、決して大盛り上がりするわけではない。トリオというロック的な編成ではあるものの、基本的には歌ものバンドと言っていい。それもみんなで踊ったり合唱するのでなく、ひとつひとつの音や言葉が、聴き手ひとりひとりの「個」に向かって静かに、しかし深く刺さる場面が続いていくような感覚なのだ。オーディエンスとの一体感で乗せていこうとするフェス隆盛の現況とは、一線を画している。

 そして、その歌の世界も独特である。まずはひとつ目。このバンドの歌にはラブソングが極端に少ないのだ。

 歌を中心にしたバンドには、優れたラブソングを作り、それを唄うことで、自分たちの表現をモノにしてきた先達が多い。たとえば初期のMr.Childrenは一対一のラブソングを一級のポップ・ソングにしたし、現在はback numberがそうした存在であると言えるだろう。恋や愛について唄いながら、そこで希望をつかんで生きていこうとする思いを描いている点では、LOST IN TIMEやSyrup 16g、flumpool、あるいはBUMP OF CHICKENといった存在も挙げられるだろう。そしてLAMP IN TERRENの音楽には、これらのバンドたちに一脈通じるところもある。

 ただ、インディーでミニアルバム1枚、メジャーでは今回の『LIFE PROBE』で2枚目と、現時点で3枚のアルバムまでで松本 大が書いてきた楽曲は、恋愛というモチーフに身を預けていない。彼の歌は主に「僕」と「君」、もしくは「あなた」という登場人物で描写されているのだが、ほとんどの場合、それがラブソングだと感じられないのだ。「君」が間違いなくかけがえのない間柄として唄っているにも関わらず、恋愛的な、ロマンチックな要素が少ない。その理由はわからないし、確固としたことは断言できないが……これには先日アップされたインタビューで触れた、彼が他人に求めるものが大きいという事実がどこかで関係している気がする。(参考:「LAMP IN TERRENが見出した、曲を作って唄う意味 『聴いてくれる人たちに未来を照らすような作用を与えたい』」)

 たとえば『LIFE PROBE』収録の「ボイド」はラブソングとのことなのだが、それでもやはり恋愛感情を綴ったような甘さがない。むしろ際立つのは<空の向こうには 何が広がって/どんな風に僕らが 見えているんだろう>という唄い出しに表れているように、過去から未来までを通した時間軸での自分たちのあり方――いかに生きるか、どんな思いを持って前に進んでいくか、という意識だったりする。

 そう。いかにして生きていくのか。自分はどうやって前を向いていくべきなのか。松本 大の言葉には、そうしたテーマが内在している。このバンドの作品に感じるふたつ目の傾向は、これ。LAMP IN TERRENは歌の中で、つねに自分の内面への問いかけを行っていることだ。

 松本の歌の主人公たちは、精神的にもがいている印象を受ける。<生きる意味>を求め、<僕を探す旅>をしている「portrait」(『PORTAL HEART』収録)。<ここに居る意味>を仲間と模索しようとする「緑閃光」(『silver lining』収録)。自分の居場所や心の行き先を求めながら、その過程で迷いや悩みに直面し、葛藤にさいなまれる。内省的であり、文学的ですらある世界だ。昔話のような体裁をとっている「王様のひとり芝居」(『LIFE PROBE』収録)にしても、こうしたテーマ性と地続きである。

     
  • 1
  •  

表示切替:スマートフォン版 | パソコン版