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市川哲史の「すべての音楽はリスナーのもの」第15回

Acid Black CherryがV系以外にも支持層を広げるワケ 市川哲史がyasuの“資質”から分析

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市川哲史
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 3年ぶりの新作『L-エル-』がリリースされて2ヶ月以上が経過し、のべ8万人動員を予定する今夏の東名阪フリー・ライヴも既に告知済み、とAcid Black Cherryの精力的な動きも一段落した観がある。

 このABC、<ネタとしてのV系>を極めた金爆とは異なり、一般市民が連想する<イメージそのままのV系>バンドだ。正確に言えばJanne Da Arc・yasuのソロプロジェクトなのだが、2007年の活動開始以来、全国ツアーやイベントなど超精力的なライヴ活動に加えて、全シングル19枚をオリコン5位以内、全アルバム8枚を同7位以内にランクインさせている、まあ勤勉かつ優秀な現役V系なのである。

 解散したり閉幕したり活動休止したり復活したり再結成したりと我儘な先輩バンドたちは、すべからく見習わねばなるまい。本当に頭が下がる。

 私はJanne Da Arc時代のyasuをかなり緊密に定点観測していたからか、今回の新作に関しても幾つかのメディアから取材された。またそれ以外の日常場面においてもここ最近、ABCに関してやたら訊かれる機会が多い。

 なぜこの時代に、<一応V系バンド>Acid Black Cherryがバンギャのみならず、V系とは無縁の一般婦女子にも人気なのか?

 ごもっとも。実は私もずーっと疑問に感じてたので、改めて考えてみる。

 まあAcid Black Cherry当初のコンセプトが「エロ」だし、コテコテのV系仕様の視覚もあって、yasuを元ホストだと信じ込んでる若い女子は少なくないらしい。

 というかそんな、そもそもロックやV系に免疫がない普通の女子たちを上手く捕獲しているからこその、好セールスなのだ。

 それもこれも、<V系らしくない>yasuの資質の賜物だったりする。

 Janne時代もそうなのだが、彼の作品には「重い」「暗い」「変」「過剰」「破滅」「絶望」といった、かつてのV系ならではの特殊な世界観が見当たらない。しかしクリエイター的な使命感や創造欲は、そこらへんのアーティストよりはるかに旺盛だ。

 そしてそのリビドーの正体はロック的というより、思春期に膨らんだアニメ・ゲーム・コミックといったファンタジック・カルチャー的な妄想。

 ゲームとアニメが大好きで漫画家志望だった高校時代、手描きの敵キャラが躍る冒険物TRPG風ゲームブックを自作し、ドラクエをパクったエレクトーンによるゲーム音楽まで付けてたという立派なオタクにとって、当然の表現衝動といえる。

 当時のyasuは、《アニメイト》の店内に入る度に心洗われていたらしい。わはは。

 となるとそんな人種特有の、何事にも細かくこだわる性分が起動する。たとえば過去の作品もやたら丁寧に造られており、ABCの2ndアルバム『Q.E.D.』にも3rdアルバム『『2012』』にも、各々<人は人を裁けるのか><マヤ暦下に見る、人間の生きる権利と生きる義務>がテーマの物語を記したブックレットが封入されていた。新作『L-エル-』も、一人の女性の波乱の生涯を描いたトータル・アルバムだ。とにかく、ぽい。

 遡ればジャンヌ時代の代表作『ANOTHER STORY』に至っては、自作の同名ファンタジー小説まで同時書籍化したほどに、yasuのアニメ&RPG体質は「本物」なのである。

     
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