>  > J-POPの歌詞をどう解釈すべきか

磯部涼×中矢俊一郎「時事オト通信」第3回(後編)

J−POPの歌詞は本当に劣化したのか? 磯部涼×中矢俊一郎が新たな価値を問う

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 音楽ライターの磯部涼氏と編集者の中矢俊一郎氏が、音楽シーンの“今”について語らう新連載「時事オト通信」第3回の後編。磯部氏が編者を務めた書籍『新しい音楽とことば――13人の音楽家が語る作施術と歌詞論』が11月14日に発売されたことを受け、同書のテーマである、J-POPを中心とする歌詞について、そのありかたを考察した前編【J-POPの歌詞を今どう語るか? 磯部涼編著『新しい音楽とことば』が提示する新たな歌詞論】に続き、後編では“歌詞フィリア”や“ポストラップ”、“マイルド・ヤンキー”といったキーワードを軸に、さらに議論を深めた。(編集部)

中矢「『最近のJ-POP、翼広げすぎ、瞳閉じすぎ』というような揶揄がウケるのはなぜ?」

中矢:それにしても、歌詞フィリア(前編参照。歌詞に過剰に感情移入するタイプのリスナー)が増える一方、「最近のJ-POP、翼広げすぎ、瞳閉じすぎ」(もともとはネットで広まったテンプレートで、『朝日新聞』2012年4月4日付け朝刊の記事「Jポップ歌詞、瞳閉じすぎ? 目立つ紋切り型に批判も」でも取り上げられた)というような揶揄がウケるのはなぜなのでしょう? “新しい音楽とことば”を良いと思う人と、悪いと思う人との間の断絶が深まっているということでしょうか?

磯部:前編でも言ったように、『新しい音楽とことば』の前作にあたる『音楽とことば』の監修者・江森丈晃は、同書の前書きで、制作動機について〈「10年前までは、まったく日本語の音楽を聴くことがな」かった「自分にも、確実に刺さり、気持を揺さぶられ、“この歌詞を書いた人は、いったいどんな回路を持っているのだろう?”と興味の湧く言葉というのが増えてきた」〉と書いていたわけだけれど、実際は、『音楽とことば』が刊行された09年の10年前――つまり、00年前後と言うと、日本のポピュラー音楽の歌詞が劣化したと盛んに言われた出した時期なんだよね。その延長に「最近のJ-POPの歌詞、翼広げすぎ」という物言いもある。

 例えば、歌詞フィリアと歌詞フォビアという二項対立についての北田暁大の論考「ポピュラー音楽にとって歌詞とは何か――歌詞をめぐる言説の修辞/政治学」が掲載された『ユリイカ』の〈特集「Jポップの詩学――日本語最前線」〉における、近田春夫といとうせいこうによる対談でも、冒頭から“最近のJ-POPの歌詞”は以下のようにディスられまくっている。

近田 …Jポップ以前の、たとえば「はっぴいえんど」や松本隆の時代は…楽曲と歌詞の問題を構造的に捉えていて…どうやって日本語独特の言い方を組み込んでいけるかトライしていたはずなんだ。
いとう どんな内容をどう歌うかについて、問題意識を持っていたということだよね。
近田 それが、ある時点以降、そうしたポップスの大前提の問題解決をまじめに考えなくなってきた。歌詞の、表現としての価値が問われないシステムができあがったんだよ。
いとう 要するに、歌詞のレベルが全体的に低い、低くても許されている、と。
近田 そうそう。ひとつ例を言うと、Jポップの歌詞で「季節のなかで」ってコトバがしばしば使われるんだけど、よく考えてみれば日本語にこんな表現はないでしょう。だって、具体的にどういう意味かわかる? 聞き流すとなんとなく分かった気にはなるんだけど、やっぱりヘンだよね。
(『ユリイカ』03年6月号、青土社より)

 また、同誌に栗原裕一郎が寄稿した論考「“文学的内面”の呪縛を清算しても、“文学”として“Jポップ”を読むことは可能か、についての試論」では、湯浅学による一青窈「もらい泣き」(02年)についての以下のような酷評が引用されている。

こういう意味のわからない歌でも泣けてしまうのは、いかに自分が不安定であるか、という証拠。ちょっとした型があればそこにハマってしまう。だからそいつらに向けた言葉もゲル状になって、日本語がドロドロになるんだよ。
(『SPA!』03年4月29日/5月6日合併号、扶桑社より)

 一方、『新しい音楽とことば』では、七尾旅人が、98年にデビューし、それこそ、“ゲル状”の、“日本語がドロドロにな”ったような歌詞を書いていた当事者として、以下のように語っているんだよね。

――デビュー当時、旅人さんの歌詞は意味深長なものとして受け取られて、分析されることも多かったんじゃないですか?
●それはありましたね。まあ、「意味わかんねぇ」みたいに揶揄されることも多かったですが、面白いと思って深み読みしてくれるひともいました。でも、あれから15年経って、我ながら「なんであんな歌詞書いたんだろう」って思います(笑)。今はまたアプローチが変わってますからね。
(磯部涼・編『新しい音楽とことば~13人の音楽家が語る作詞術と歌詞論』、P221)

――以前、デビュー当時を振り返って「世界が多層化して軸を失っていく中で、若者たちの主体がさまよっていた時代だった……」というようなことを話してくれましたよね。
●…そもそも、友達がいなかったから、他の若者の主体がどれぐらいさまよっていたか正直わからないんですけど、「自分はこんな時代に何を言葉にしたらいいんだろう」ということはすごく執拗に考えていて。
(中略)
それは個人的な未熟さも大いに関係してるから、時代のせいにばかりはできないけど……。同時期に出てきたミュージシャンの歌詞を見ると、そういう感覚は僕以外にもあったんじゃないかな。
――その当時、作詞で注目されていたシンガーソングライターというと、中村一義や椎名林檎あたりでしょうか。
●うん。あと、スーパーカーや国府達矢もそうですけど、それ以前の歌詞とはガラッと変わったようなところがあったんじゃないかな。みんな、アプローチは違いましたけど。僕より10歳くらい上のバンドと比べて、主体が明確じゃなくなったというか。思うに、“私”というものがすごく希薄化したんです。当時デビューした中でそれが一番極端なのが、僕だったと思います。一曲ごとに登場人物も声色もコロコロ変わって主体がさまよってた。
――いわゆる当時のJ-POPに目を向けても、小室哲哉や宇多田ヒカルの歌詞もどこか不安定な印象がありますよね。
●そうですね。僕自身、主体がうっすらとしていることはコンプレックスでもあったけど、その希薄さは自分たちの世代の新しさかもしれないと考えてもいました。たとえば、フォークの世代の人たちって主体が太くてはっきりしてると思うんです。団塊世代の歌詞を見返してみると、筆で書いたみたいに主体が太いでしょう(笑)。彼らが歌い始めた60年代や70年代はそれくらいの主体を獲得できた時代だったのかもしれないですよね。さらに上の世代になると、もっと太くて明解になる。逆に言うと、今の若い子が聴いたら素朴に思えちゃうくらい。僕はどうしてもそこまで主体を単純にはできないんです。何を書くにも必死に綱渡りしている感覚がつきまとうというか。明確なポジションから、明解な口を利くということが難しい。
(同上、P219)

 つまり、旅人くんは、J-POPの歌詞が“劣化”したわけではなく、むしろ、社会の流動化に合わせて“変化”したのだと考えている。そして、湯浅さんが指摘するところの“ゲル”化が進んだ――リスナーが置かれている状況の不安定さに合わせて、歌詞も不安定になった結果、リスナーが「この歌詞を他の人は意味がわからないというけれど、私にはわかる」「これは私の歌だ」というふうに思い込んで歌詞との共依存が深まり、歌詞フィリアが増えたと考えられるんじゃないかな。あるいは、ひとくちに“劣化”と言っても、“ゲル”化と、「翼広げすぎ、瞳閉じ過ぎ」と揶揄される“テンプレ”化は区別したほうが良くて、社会のあり方が複雑になったことによってかつてのようなわかりやすい国民歌謡が生まれにくくなり、“ゲル”化が進んだのだとしたら、それでもなお、多くの人が共有できるポピュラー音楽をつくるために試みたのが“テンプレ”化だと言えるのかもしれないね。

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