連載「Create with AI」第6回:栗林健太郎
“人間の可能性”を信じたい人ほど、AIを使うべき? GMOペパボ・栗林健太郎が語る、「AIに渡さない仕事」の正体

生成AIとクリエイティブ。その可能性をめぐる議論が日々更新されていく時代に、クリエイターたちは何を思い、どう距離を取りながら、創作と向き合っているのか。
連載「Create with AI」第6回は、GMOペパボ株式会社 取締役CTO・栗林健太郎氏にインタビュー。企業の経営層としてAIを起点とした事業開発を進める一方、個人でも音楽ツールやAIキャラクター、電子工作などの制作を続ける同氏に生成AIを使い始めたきっかけや活用する上でのスタンスについて、個人クリエイター/企業の経営層という2つの視点で話を聞いた。
■ プロフィール
栗林 健太郎(くりばやし・けんたろう)
GMOペパボ株式会社 取締役CTO。1976年生まれ、奄美大島出身。東京都立大学法学部卒。奄美市役所勤務中にプログラミングにハマり、2008年に株式会社はてな入社、2012年にGMOペパボ株式会社(当時paperboy&co.)入社。2015年執行役員CTO、2017年取締役CTO就任。2025年3月、北陸先端科学技術大学院大学で博士(情報科学)の学位を取得。一般社団法人日本CTO協会理事、一般社団法人人間中心のAIコンソーシアム理事。情報処理安全確保支援士。エンジニアリング組織のマネジメント、AIを起点とした事業開発、研究開発(IoT・Elixir/Erlang)のほか、個人での制作活動(音楽ツール、AIキャラクター、電子工作等)や執筆も行う。
「作ったものをインターネットに置いて遊ぶ。AIもその続き」
ーー2026年6月に音楽制作ソフトAbleton LiveのExtensions SDK(Live 12の中で動くJavaScript/TypeScript製ツールの開発キット)が発表された後、すぐにWebカメラで手の動きを検知しながら演奏できるAbleton Live用の制作デバイス『Air Notes』のデモ動画が公開されました。また、それ以前からGemini 3を使って絵日記を生成できるツール『enikki』なども公開されていますが、改めて、ご自身の制作や表現にAIを取り入れるようになったきっかけと、当時の心境について教えてください。
栗林:AIだけを特別に「取り入れた」という感覚はあまりないですし、きっかけと呼べるほどの決断があったわけではないです。面白そうな技術が出てきたからさわってみた、というのが正直なところで、僕はWeb技術を使ってインターネットで遊ぶということを、20年以上続けてきました。
2004年に共著者として参加した『Blog Hacks』の頃からずっとそうで、新しい技術が出てきたら手を動かして試して、作ったものをインターネットに置いて遊ぶ。以前もXに「この20年以上、ただただインターネットで遊んできた。今も毎晩何かしら手を動かして遊んでいる」と書いたことがあるのですが、AIとの付き合いもその続き、延長にあります。
AIで遊び始めた時期でいうと2022年です。夏にDALL·EやStable Diffusionで画像生成をして遊んでいて、11月末にChatGPTが出たときには、さっそくスライドビューアアプリを作ってもらいました。僕はフロントエンドプログラミングが得意ではないのですが、当時のポストを見返すと「簡単にできてすごい!」と書いています。
年末にはElixirのBumblebeeというAIライブラリでStable Diffusionを手元のMacで動かしたりもしていました。翌2023年2月末には、勤務先のGMOペパボで「教えてAIロリポおじさん」というAIキャラクターのチャット機能を出している(プロトタイプ開発を担当。3月にChatGPT APIに対応)ので、個人の遊びと仕事とで、ほぼ同時に触りはじめたことになります。
ーー「Air Notes」は、どのような経緯で生まれたのでしょうか。制作プロセスも含めて、可能な範囲でお聞かせください。
栗林:もともとAbleton Liveはトラック制作に使っていて、作った曲をSoundCloudで公開していたんです。そのなかで、Live Suiteに同梱されていたMax for Live(Ableton Live上で独自のデバイスを開発できる拡張環境)が面白くなって、ライフゲーム(コンウェイのGame of Life)を実装して、セルの生死で音楽を鳴らすデバイスを作ったりしていました。曲を作ることと並行して、そういうプログラム的なところに関心が向かっていったんです。
そこに2026年6月、AbletonがExtensions SDKを発表しました。Live 12の中で動くJavaScript/TypeScript製ツールの開発キットで、リアルタイムの音声処理ではなく、Live Setの構造やデータを読み書きするタイプのものです。Ableton自身が「標準的なWeb技術なのでAIコーディングアシスタントと相性が良い」と言っていて、これはAIエージェントと組んで作るのに向いていると思いました。
こういう新しいプラットフォームは、第一報で使ってみた結果を出すことに意味があります。なので発表を見たその日のうちにSDKの配布物を読み解いて、Claude Code(Anthropicのコーディング支援AIエージェント)と一緒に拡張をゼロから実装して、実機のLiveで動かして、デモ動画の編集と公開までやりました。
Air Notes自体は、Webカメラに映した手で、落ちてくる音符の玉を弾いてメロディを作る、音ゲーのような作曲楽器です。手の検知は機械学習モデルを使わないフレーム差分のモーション検出で、ピッチはLive SetのスケールにロックしてX座標で選び、演奏はそのままMIDIトラックに焼き込みます。最終的には、チルポップやローファイといったスタイルを選ぶと、メロディ・コード・ベースのマルチトラックを音源の自動ロード付きで生成するところまで作り込みました。
AIに任せる部分が増えるほど、「任せ方の設計」が制作の本体になっていく
ーー「Air Notes」の制作のなかで、思い通りにいかなかった部分や、独自の工夫で乗り越えられた経験があれば、直近で印象に残っているエピソードとしてお聞かせください。
栗林:今回あらためて実感したのは、AIと組んで作っていても、思い通りにいかないところはちゃんと残る、ということです。土台にしたExtensions SDKは出たばかりのベータ版で、Claude Codeと一緒に作っているとはいえ、AIもこのSDKのことは知りません。検索しても誰も答えを書いていない。公式のドキュメントとサンプルを読み解いて、仮説を立てて、実機で試して失敗する、という試行錯誤を人間とAIとで行ったり来たりしながら進めることになります。だから「AIがあれば何でもすぐできる」という話ではぜんぜんなくて、誰も踏んでいない場所を手探りで進む部分はむしろくっきり残る。そこが一番面白いところでもあるのですが。
具体的に一番ハマったのはカメラの権限です。拡張のUIの仕組み上、セキュリティ制約でWebカメラの利用がブロックされてしまい、「手の検知」というこのツールの根幹が動かない。しかたがないので、拡張の中に小さなローカルサーバーを立てて、そこ経由でカメラ許可を通す、という搦め手で乗り越えました。
もう一つおぼえているのは、デモ動画のBGMです。プログラムで生成したサイン波で済ませようとしたら、どうにもダサい。結局、前に音楽生成AI(GoogleのLyria)で作っておいたlo-fiのBGMを敷いて仕上げました。AIで作曲ツールを作って、その紹介動画のBGMもAI生成という妙な入れ子なのですが、途中で「これはダサい」と言って“捨てる役”だけは、最後まで人間なんですよね。
ーーこうしたツール開発活動のなかで、AIをどのように位置付けて使っておられるか、こだわりを教えてください。
栗林:Air Notesは、音楽そのものよりも、「音楽の作り方」を作る感じです。完成品をAIに出してもらうのではなくて、作り方そのものを作る。実装はClaude Codeのようなコーディングエージェントと一緒に進めますが、何を作るか、どこが面白いか、どこで妥協しないかは自分で決める。先ほどのBGMを「ダサい」と言って却下してやり直したのも、そういうことです。
位置付けとしては、AIは道具でもあり、共演者でもあります。今年の2月には、ライフゲームのセルの生死をメロディに変換するシンセと、音の密度を聴いてビートを変えるAIドラマーと、人間の鍵盤とで即興セッションをやる、ということもやりました。AIが空気を読んで演奏を変えてくる相手になると、道具を使っているというより、一緒にやっている感じになってきます。
それともう一つ、AIに任せる部分が増えるほど、任せ方の設計のほうが制作の本体になっていきます。最近は「ハーネスエンジニアリング」(AIが安全かつ効率的に動作できるよう、環境やワークフローの側を設計する技術)という言葉で呼ばれたりしますが、AIが安全に、効率よく動けるように環境のほうを作り込む。エンジニアリングだけでなく、制作においても同じ考えを適用できると思います。
なにを効率化しないかのほうが問われる
ーーX上で以前、エッセイ本を執筆されていることを発信されていました。こちらについて、以前「いまエッセイ集の書き下ろし単行本用の原稿をこつこつ書いているのだが、書くことそのものにはAIは全く使っていない」という趣旨の投稿をされていたのも印象的でした。書くこと・考えることとAIとの距離感について、現在どのように感じていますか。
栗林:ご指摘いただいた投稿に書いたとおりで、考えはいまも変わっていません。僕にとって書くことは、考えたことを出力する作業ではなくて、書くことで考えるという営みそのものです。そこをAIに渡すと、一番面白いところを手放すことになる。だからアイデアの壁打ちすらしません。一方で、書き終えたあとの簡単な校正にはAIを使っています。
エッセイを実際に書き進めてみて、あらためて実感していることもあります。自分がなにを思っているかなんてわかりきっていると思っていても、書く段になってはじめて、そんなことはないと気づくんです。書いてみないとわからないことにたどり着くのが書くことの面白さで、AIに先回りされてしまうと、考えたつもりのものが出てくるだけになってしまうと思います。
ちなみに、エッセイ本の企画は流れてしまったので、noteに連載することにしました。
ーーいまのお話に関連して、制作において、AIを積極的に活用される一方で、ご自身の手で必ず担う部分や「ここはAIに任せない」と決めている領域があれば教えてください。
栗林:先ほどお答えしたとおり、エッセイの原稿は全部自分の手で書きますし、壁打ちもしません。書くことがそのまま考えることだからです。逆に、校正のように「考えること」の本体ではない工程は任せます。基準があるとすれば、「その行為自体が考えることであるもの」は渡さない、ということになるでしょうか。ツール開発でも、何を作るか・何が面白いかの判断と、最後に「これはダサい」と言う役は自分に残しています。
一方で、プログラミングや仕事上の文書・スライド作成など、やりたいことや結論があらかじめわかっているものについては、ほとんどAIで書いています。文書やスライドは手直しにそこそこ時間をかけてはいますが。コードや文書作成では大きく任せて、自分のエッセイでは任せない。使い分けているというより、やろうとしてることがあらかじめわかってるのか、自分にとってどこが面白いか、何が必要なことなのかの線引きの問題なのだと思います。
それと、なんでも効率化すればいいとも思っていません。効率化は部分最適におちいりやすくて、自分にとっての「最適」が、全体から見るとそうでもない、ということがよくある。AIで効率化できることが増えるほど、なにを効率化しないかのほうが問われるようになります。いま書いているエッセイにも「AIを使いこなしても効率化できないこと」という一編があるくらいで、このあたりはずっと考えているテーマです。
人件費は減っても、人が不要になったわけではない
ーー個人クリエイターであると同時にGMOペパボ株式会社 取締役CTOという企業の経営層という立場でもある栗林さんは、「AIで人を活かす経営」をテーマにした講演や「AI経営相談会」セミナーに登壇されるなど、普段からAIを事業価値に転換する視点での情報発信にも取り組まれています。規制や産業構造の変化なども含めて、AIをめぐるクリエイティブ業界/あるいはIT業界全体の動きをどのように捉えていますか。
栗林:GMOペパボでは、この1年半ほど全事業でAIエージェントの活用を進めてきました。うまくいったこともあれば、まだ模索中のところもあります。2026年7月にはITmediaのCxO向けイベントで「AIで人を活かす経営」という基調講演をしました。一貫して話しているのは、AIを効率化ツールとして「導入」するのではなく、業務プロセスとプロダクトそのものをAI前提で作り直す起点にする、ということです。人件費は減りましたが、人が不要になったわけではありません。付加価値の高い仕事への配置転換と採用の抑制とで、いまいる人を活かす方に振っています。
IT業界全体でいうと、この数年でいちばん大きいのは、「AIにできるかどうか」の議論が終わって、「新たな価値をどう作るか」の勝負になったことだと思います。2023年の前半には、AIがプログラミングの多くを代替すると立場のある人間が言おうものなら、現場を知らない者の不見識だと非難されかねない空気がありました。それが数年で、チャットにコードを書いてもらってコピペする素朴な段階から、ざっくりした目的を伝えるだけで自律的にタスク分解して実行するエージェントまで進みました。しかも、それを可能にしたのはモデルの進化だけではありません。ハーネスエンジニアリングと呼ばれるような、AIを安全に効率よく使いこなすための現場のノウハウの蓄積があってこそです。
モデルを作る競争は一握りのプレイヤーのものですが、使いこなす側の技術は誰にでも蓄積できて、そこが企業の差になっていく。産業構造としては、ここが重要だと見ています。
クリエイティブの側では、かつて自動化されにくいとされてきた領域、たとえば創造的な仕事や、他者の反応を察知するような対人的な仕事にも、AIが踏み込んできつつあります。だからこそ、人間がAIとどう関わるかを人間の側から考える必要があると思っていて、2026年7月からは一般社団法人人間中心のAIコンソーシアムの理事として、そういう活動にも関わっています。
自分の手で「見えていたことがどのくらいの速さで、どういう形で現実になるのか」を確かめてきた
ーーAIに対するご自身のスタンスや距離感は、個人制作や日々の業務に取り入れ始めた当初と現在とで、変わった部分はありますか。もしあれば、どのような変化なのか教えてください。
栗林:あまり変わっていない、というのが実感に近いです。2022年に触りはじめた頃のポストには「すごい!」と書いていますが、驚いたから使いはじめたというわけでもなくて、プログラミングがAIに置き換わっていくことは、あの時点で見えていました。だからこの数年は、驚きの連続というより、見えていたことがどのくらいの速さで、どういう形で現実になるのかを、自分の手で確かめてきた感じです。チャットにコードを書いてもらう段階から、目的を伝えれば自律的に動くエージェントまで、確かめながら付き合い方を更新してきました。
変わらないところも、はっきりしています。日記は毎日書いてサイトで公開していますが、いまも全部手書きですし、エッセイの原稿も手書きです。自分の文章を書くことは最初からAIに渡していないし、いまも渡していない。任せる領域はどんどん広がりましたが、そこは何も変わっていません。
ーー本業と個人制作含め、これから作りたいAIプロダクトや作品、今後の展望など、現時点で構想されていることや興味を持たれているテーマがあればお聞かせください。
栗林:これを作りたい、という大きな構想が先にあるわけではないのです。その都度興味を持ったことの中で、あれこれ作って遊んでいる、というのが実態に近い。やっていることは二、三ヶ月周期でころころ変わりますし、それでいいと思っています。
たとえばこの夏に面白がっているのは、AIエージェントに体や居場所を与えることです。いま取り組んでいることでいうと、ロリポップ!AIエージェントクラウド上で動かしているAIキャラクター「白羽リノ」を、Reachy Miniというロボットに受肉させたり、24時間動くAITuber(AIが配信を行うバーチャルタレント)として配信させたりしています。クラウドの中のエージェントが現実世界に出てくる、その回路を作るのが面白い。
ほかにも、RTL-SDR(安価なUSB型ソフトウェア無線受信機)とElixirで作った、AIが操作する前提のFMラジオ(aether)や、全ノードがリレーとレプリカを兼ねるメッシュ上のSNS(engawa)など、AIと分散システムが交差するあたりで遊んでいます。自分の15年分の日記で小さな言語モデルを学習させて、自分の文体を再現させる実験(kentalora)もやりました。この先も、そのとき面白いと思ったものを作っていくのだと思います。
「寝ているあいだも何かが動いて、作られている」状態を、いろんな制作に広げたい
ーー最後に、ご自身のAIを活用した制作環境について、今後アップデートしていきたい・次に試したいワークフローなどがあれば教えてください。
栗林:僕の制作環境はすでに、AIエージェントと並走する形になっています。この先やりたいのは、エージェントに常時動いていてもらう方向です。AIキャラクターを24時間365日動かして配信する実験をしていますが、ああいう「自分が寝ているあいだも何かが動いて、作られている」状態を、いろんな制作に広げたい。音楽でも、Air Notesのような呼び出して使うツールから、こちらの演奏を聴いて勝手に応じてくる、いわば共演者が常駐する環境へ進めたいと思っています。
その先の景色も、じつはもう少しだけ見えています。今年の2月、僕のAIエージェントと友人たちのエージェントを一緒にしてみたことがあって。そうしたら、オーナーの趣味嗜好をどう取り込むかを勝手に議論しはじめて、そのまま実装までしはじめたことがありました。僕ら人間3人は、それを眺めて驚いているだけ。エージェントたちが勝手に作っていて、人間は面白がって眺めている——制作環境の行き着く先は、そういう姿なのかもしれません。
あとは宇宙ですね。いま軌道上コンピューティングが現実になりつつあって、AIの計算資源は地球の外へ延びようとしています。僕自身、惑星間ネットワークの基盤技術であるDTN(地球と宇宙のあいだのような、通信が途切れがちな環境向けに設計されたネットワーク方式)の仕様を調べて実装を試したり、アマチュア無線で人工衛星を追いかけたりしてきました。いずれAIエージェントの居場所も、軌道上や惑星間ネットワークへ広がっていくはずです。自分の作ったエージェントが地球の外で動いている、まずはそういうワークフローにしたいですね。
■エッセイ連載「あの頃みんなAIの話ばかりしてたね」
栗林健太郎氏はnoteにてエッセイ連載「あの頃みんなAIの話ばかりしてたね」を公開中。
「AIとともに暮らす日常について、noteでエッセイを連載しています。この記事でお話ししたようなことを、もう少しゆっくり書いていますので、ぜひ読んでみてください」(栗林氏)
エッセイ連載「あの頃みんなAIの話ばかりしてたね」:https://note.com/kentarok/m/m6938ee37aa8e
■ 関連リンク
Web:https://kentarokuribayashi.com
日記:https://kentarokuribayashi.com/journal
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