「BeReal」があるのになぜ「Setlog」は流行る? 新Vlogアプリの“絶妙な適当さ”を体験

2025年12月に韓国でリリースされ、2026年春ごろから日本でも流行しつつある「Setlog」。1時間に2秒動画を撮るだけでVlogができるのが特徴のアプリだが、今回は30代である筆者が実際に使用し、その面白さと使い心地について率直な感想をまとめていきたい。
ユルいからこそ続けられる雑なVlog
そもそも「Setlog」とはどのようなアプリなのだろうか。
使い方はかなりシンプルだ。1時間ごとに通知が届き、その時間帯の好きなタイミングで2秒の動画を撮影する。撮影は必須ではなく、投稿しなかった時間帯は、その枠が黒い画面として表示される。
撮影した動画は、アプリ内でつながっているグループのメンバーに自動で共有される。グループは最大20人まで作成できるが、ひとりで日記や動画アルバムのように使ってもいいだろう。
左の画像がメイン画面だ。筆者は2つのグループに所属しているのだが、投稿する際はどのグループに投稿するかを選ぶことができる。また、光っているニコちゃんマークは、その時間に投稿したメンバーの数を表している。
中央が、自分だけの投稿をまとめたVlog画面だ。過去の投稿はカレンダーからさかのぼって見返したり、ダウンロードしたりすることができる。右の画面は、グループで共有している投稿一覧だ。投稿した動画は拡大して見ることはできないが、筆者としては、それも細かい部分を気にせず気軽に投稿できる理由のひとつだと感じた。隅々まで見られる心配がないため、雑な日常でも気兼ねなく共有できる。
「Setlog」の類似アプリとして、「BeReal」がよく挙げられる。「BeReal」は通知が届いてから2分以内に撮影しなければならず、自分が投稿するまで友人の投稿を見ることもできない。さらに、投稿は24時間で消えてしまう。一方「Setlog」には、そうした制約がほとんどない。メンバーや自分の投稿は遡れるし、撮影の制限時間はなく、その時間帯の好きなタイミングでいい。投稿しなくても友人の投稿は閲覧でき、撮れなかった時間帯は黒い画面として残るだけだ。
「BeReal」の魅力は、時間制限によって生まれるライブ感や、飾らない日常を切り取るリアルさにある。一方で、「通知が来たら撮らなければ」というプレッシャーを感じる部分もあるのではないだろうか。
その点、「Setlog」は“撮らなくてもいい”、“間に合わなくてもいい”という余白がある。完璧に続けようとしなくても成立する、そのユルさこそが、いま流行している要因に感じる。おそらく筆者も、このユルさがなければ続けることはできない気がする。
1週間使って感じた「Setlog」が生み出す不思議なつながり
ここからは、実際に1週間ほど使ってみて感じたことを紹介したい。まず驚いたのは、「離れた場所で同じ時間を過ごしている」ような不思議な感覚だ。それぞれまったく異なる場所にいながら、1時間ごとに2秒の動画が共有されることで、お互いの1日が少しずつ見えてくる。これは、InstagramやTikTokには感じなかった感覚だ。「時間」を共有するSNSという意味で、使っていてかなり新鮮に感じた。
「2秒の動画」というのも絶妙だ。共有されるのは基本的に撮影者の視点(インカメラでの撮影も可能)のため、その場の景色を一緒に眺めているような没入感がある。写真とは違い、わずかな動きが加わることで、その場の空気感も伝わってくる。そして、一日分の投稿をつなげて見返すと、見事1本のVlogが完成しているのだ。
印象的だったのは、親しいと思っていた友人にも、自分の知らない一面がまだまだあることだった。普段から頻繁に連絡を取り合っていても、友人が所属するコミュニティや、休日に訪れる場所、何気ない日常の風景までは意外と知らない。「Setlog」を通して「こんな一面があったんだ」という新鮮な発見が何度かあった。
動画にはキャプションを添えることもできる。ちょっとボケたり、友人の投稿を見た流れで付け加えたり、使い方はさまざまだ。ただ、色味や加工などはいっさいできない。これは「BeReal」とも共通している点だが、“撮って出し”という楽さをかなり感じた。

数日続けて強く実感したのは、1日の行動スピードが早くなっていることだ。強制ではないものの、1時間に1回友人に「いま何をしているのか」を報告する機会が訪れているため、以前は無限にソファの上でダラダラしていた時間が、明らかに短くなった。(決してダラダラした時間がなくなったわけではない)

そして、これは個人的な変化かもしれないが、ほかのSNS(XやInstagram)を見る機会が激減した。筆者は仕事上見ることもあるが、“SNSを見たい欲”が、そのまま「Setlog」で消化されている気がする。
ここまではいいと感じたところを挙げていったが、少し気になった部分もある。まずは、友人とグループを組むことが前提であること。「Setlog」はひとりでもできるのだが、アプリの魅力は複数人で投稿を共有することにある。
あとは、グループが複数あると、投稿先を選んだり、撮影する内容を吟味する必要が出てくるため少し面倒なこと。筆者は「Setlog」の“手軽さ”が続けられる大きな理由になっているので、そこがなくなると面倒に感じてしまうような気がした。
ただ、雑に日常を共有できるSNSとしてはかなり満足度は高く、思っている以上に楽しい経験だった。「若い子のあいだで流行しているものだから……」と敬遠してしまうのは少しもったいないと感じてしまうほどだ。それに、昔に比べて友達と密に連絡を取り合うことは、年を重ねるほどなくなっていく。その感覚を、久しぶりに取り戻せたような気がした。
別の友人によると、あえてそこまで親しくない相手と「Setlog」でつながり、仲を深めていく、という使い方をする人もいるという。もしかしたら、「『Setlog』が付き合うきっかけでした」というカップルが、すでに誕生しているかもしれない。「Setlog」には、まだまだ使い方の余地や可能性がありそうだ。InstagramやXに疲れや飽きを感じている人は、ぜひ試しに触れてみてほしい。

























