連載「Create with AI」第2回:Emocute
「楽になるためではなく、音楽探究の速度を上げるため」 音楽家・Emocuteが明かす、楽曲制作におけるAIの役割

AIとの距離を縮めるほど、譲ってはいけない線はくっきりしてくる
ーー音楽×AIをめぐっては「AI=ボタンひとつで生成」というイメージで語られがちな状況もあります。クリエイターやリスナーの声のなかで「これは違うな」と感じるものや、「これは共感する」というものがあれば、率直な所感をお聞かせください。
Emocute:技術的に、ボタンひとつで音楽が出力されるのは、その通りです。否定はしません。Sunoを使えば、何も考えなくとも「それらしい」音楽は出てきます。あえて「ボタンひとつ」という見方への違和感を指摘するならば、それはツールを過大評価しているからではなく、使う側の手間が見えなくなっているところに原因がある、と考えています。
たとえば、自分の体感としては、制作時間の8〜9割は判断と却下に費やされ、生成そのものは1割にも満たない状況です。20案出して18案を捨て、2案をぎりぎり残す。これを毎日繰り返しています。「楽になった」というよりも、「以前より厳しく自分の判断を試せるようになった」というのが、実感に近いところです。
——明確に、「これはしない」と決めていることはありますか?
Emocute:ひとつだけ、自分のなかで距離を置いている言い方があります。それは、「AIで楽になった」「AIで全部できる」という、祝祭的な語り口です。
たしかにAIを活用した制作はやってみると面白く、夢中にもなりますが、楽になるわけでも、全部できるわけでもないです。AIと組むのは、楽になるためではなく、自分の音楽探究の速度を上げるためです。判断を下すべきことの量と見定める精度は、むしろ以前よりも問われるようになったわけですから。
見聞きして共感する声もあります。たとえば、AIを「相棒」として語る人。自分の制作プロセスをどう再設計したか、何を任せて何を任せないかを、自分の言葉で言語化している人。そうした方々のお話は、自分のやり方とも重なります。
とはいえ、『ボタンひとつ』派と『相棒』派とで優劣でなく、あくまで「価値の置き方が異なるのだ」と感じています。
ーー規制や著作権、楽曲学習をめぐる議論など、AI音楽周辺の制度的な動きについて、アーティストかつ実装者であるご自身の立場から、どのように捉えていらっしゃいますか。
Emocute:この領域の議論には、自分はあまり関わっていません。業界全体の制度設計の話は、それを専門とする人たちに任せたい。自分は法学者でもなく、業界団体に関わっているわけでもありません。声を上げる側の役割を引き受けるつもりはない、という立場です。
代わりにやっているのは、自分の現場でどう振る舞うかを決め、同じやり方で続けることです。自分の作品がAIの学習に使われることについては、止める気もないし、拒む申請も出していません。学ぶ側、利用する側にこれだけ深く回っている以上、学ばれる側になることも当然引き受けるスタンスです。
あくまで個人的な捉え方の範囲でいえば、機械が音楽を解析して学ぶことの是非については、人間が理論書を読んで分析する作業と地続きだと捉えています。学ぶこと自体を止めるなら、そもそも音楽理論という分野が成り立たないのではないか。ここに旗を立てる気はありませんが、聞かれれば、そう整理しています、という程度の話です。
繰り返しになりますが、業界全体の議論については、それを続ける人たちに任せたい、という距離感です。自分はそのあいだに、理論探究を続ける。そういう棲み分けで動いています。
ーーAIを音楽制作に取り入れ始めた当初と現在とで、AIに対するご自身のスタンスや距離感は変わってきましたか。もしあれば、どのような変化なのか教えてください。
Emocute:スタンスは、かなり変わりました。当初はSunoに対して「投げて返ってきた音を聴く」という距離感で付き合っていましたし、自分の音楽観をツール側に伝える経路を持っていませんでした。「音楽における自分の作法を文字にして、規約として渡す」という関わり方を覚えてから、投げて聴くのではなく、隣に座って一緒に手を動かしている感覚になって、急速に関係性が変わりました。
いまはClaudeを毎日隣に置き、コードを書く時も、曲の構成を考える時も、文面を詰める時も、ほぼ全工程で活用しながら作業をしています。そのうえで、判断だけは自分ひとりで出す、という分業を、最初から最後まで守っています。
そして変わっていないのは、先ほども触れた「判断」の領域です。当初から自分の側に置き、距離を縮めたいまも、AIと相談することは意識的に避けています。譲る基準を緩めるほど、作品はそのぶん平均へ寄っていきます。距離を縮めれば縮めるほど、譲ってはいけない線が、逆にくっきりと見えてくる。これが、現在までAIを活用した音楽制作を続けてみての“実感”です。
ーーEmocuteさんは音楽制作ツール・MV制作ツール・自作アルバムなど、並行して複数のプロダクトを展開されていますが、これから先、AIを活用してどんなプロダクトや作品を作っていきたいか、現時点で構想されていることがあれば教えてください。
Emocute:最も強く夢見ているのは、DAW(音楽制作ソフト)を言葉で操作できるようにすることです。シンセサイザーの細かなパラメータを知らなくとも、出したい音を言葉で伝えるだけで音色が立ち上がる。理論で組み立てた構造を、その場でそのままDAWに通せるようになれば、自分のなかの「音と実機の音のあいだ」の距離が一気に縮まる。効率化ではなく、作りたい音楽の解像度を上げるための仕組みです。
並行して、現役のツール群を細かい単位の独立プラグインに分けて出していく方向も進めています。Emocute Studioが「ソースコードを丸ごと渡して育ててもらう」形なのに対し、こちらは「DAWにロードして即使える単機能」として出したい。StudioとVisual本体のほうは、目立つ機能を増やすより、規約ファイルや辞書を厚くしていく予定です。関心はあくまでスタジオワークの質を上げる側にあります。
作品側でやりたいことは、大きく二つあります。ひとつは、AIを一切通さないアルバムを1枚作ること。日々AIと組んで作っているからこそ、AIを閉じて、自分の手と耳だけで組み立てた音をひとまとめにしておきたい、という気持ちがあります。同時にこれは、自分の判断の癖を、AIなしの環境でもう一度確かめる作業でもあります。
もうひとつは、自分のなかで「AI to Human」と呼んでいる方向です。いまは作法や規約を文字にしてAIに渡し、AIが音を返してくる、という流れで動いていますが、その逆向き、AIが出してきたものを起点に人間の側が編み直していく動きを、作品の枠組みとして試したい。具体像はまだ見えていません。言葉になる前に音で出すほうが速い気がしているので、しばらくは音から試行錯誤を続けます。
ーー最後に、日々のAIとの付き合い方や制作環境について、今後アップデートしていきたい・変えていきたい点があれば教えてください。
Emocute:これから大きく変えたい点は、それほど多くありません。先ほど触れた「AIを一切通さないアルバム1枚」と「AI to Human」の試み、この二つが自分のなかでは更新と呼べる範囲のすべてです。あとは、いまの作法を淡々と回していくだけです。
ただ、ひとつ続けたいのは、自分の解像度を道具に追いつかせる作業です。なぜかというと、AIの便利さは増していく一方だからです。こちらの判断が追いつかなくなった時、AIのほうに引きずられない線を、毎日引き直していく。たぶんそれが、自分が一番長くやっていくことです。
■関連リンク
公式サイト:https://emocutelab.com
試聴(アルバム一覧):https://emocutelab.com/music
X:https://x.com/emocutesounds
■告知情報
・Emocute Studio(AI音楽制作ソースパッケージ/Claude Code専用)
・Emocute Visual(コード進行に反応するMV制作ツール)
・1stアルバム『溶けて』
・2ndアルバム『Emocuration』
・その他配信中アルバム5枚
Emocute StudioとEmocute Visualは、自分が現役で曲とMVを作るために書いているソースコード一式を、そのままの形で販売しているパッケージです。買った人が自分の音楽の作法に合わせて、辞書や規約ファイルを書き換えながら長く育てて使っていただける構造にしています。アルバム7枚はいずれもEmocute Studioで制作した作品です。気になった方は、公式サイトより覗いてみてください。























