「楽になるためではなく、音楽探究の速度を上げるため」 音楽家・Emocuteが明かす、楽曲制作におけるAIの役割

Emocuteが明かす、楽曲制作で守るAIの役割

 生成AIとクリエイティブ。その可能性をめぐる議論が日々更新されていく時代に、クリエイターたちは何を思い、どう距離を取りながら、創作と向き合っているのか。

 連載「Create with AI」第2回は、音楽家・ソフトウェア開発者のEmocute氏にインタビュー。音楽制作・MV制作のためのAI連携ソースパッケージ『Emocute Studio』や『Emocute Visual』を自ら開発・販売する同氏に、生成AIを音楽制作に取り入れたきっかけ、創作で大切にしているスタンスについて聞いた。

Emocute

音楽家・ソフトウェア開発者/Philtz所属。音楽制作、MV制作、ソフトウェア開発を行い、理論を起点に、制作のための道具を自作しながら作品を発表している。2020年、mekakushe「箱庭宇宙」のKabanaguとの共作リミックスを発表。2026年に1stアルバム『溶けて』、2ndアルバム『Emocuration』をリリース。同年、音楽制作・MV制作のためのAI連携ソースパッケージ『Emocute Studio』『Emocute Visual』を自ら開発・販売しており、制作・販売・ツール開発を一体として運用する独自の実践を展開している。

「平均への引力」から、自らの音楽を引き剥がす

ーーEmocuteさんはAI音楽制作ソースパッケージ『Emocute Studio』を開発・公開されていますが、音楽制作の現場でAIを取り入れるようになったきっかけや、当時の心境について教えてください。

Emocute:劇的なきっかけは、特にありません。強いていうならば、当時個人制作のペースが落ちていて、行き詰まりを感じていたことです。試しにAI作曲サービスのSunoを触ってみたものの、テキスト指示だけでは作りたい方向には届かず、これだけでは自分の音楽にはならない、と感じました。

 手応えが一変したのは、SunoとチャットAIを組み合わせる発想に行き当たった瞬間でした。ここで初めて、Sunoが自分の道具になる、と分かりました。大学で人工知能を学んだあと、プログラムからは離れていたのですが、ようやくその知識を活用できる日が来たのか、という感覚もありました。

 そこから先は、まさに水を得た魚でした。理論と言葉を強い起点として、長年音楽を作って きました。コード進行の組み方、ボイシングの規則、リハーモナイズの引き出しを、自分の手で積み上げてきました。考えていることを言葉のまま音に通せる──これが、自分のスタイルそのものです。

 頭のなかの音を形にする経路が、ここで初めて開いた。そんな気付きを得て以来、ずっと夢中です。

ーー制作の仕組み自体を公開し、他のクリエイターとも共有するという形を取られていますが、そのような形で公開に踏み切った理由について教えてください。

Emocute:『Emocute Studio』自体は有償販売ですが、ソースコードと辞書ファイルを丸ごとお渡ししています。

 公開した動機は、現役で使っている道具をそのままの形で渡したい、その一点にあります。買った人が自分の音楽観に合わせてソフトウェアを書き換えていけるような、使いやすく自由な形にしたい。そう決めていました。

 周りの方からは「サブスクにして中身を隠す形にしないか」と強く押された場面もありましたが、その方式にはしませんでした。中を開いて自分の手で書き換えられること、それがこのツールの本質だと思っているからです。

——実際に公開した後に寄せられた反応のなかで、印象に残っているものはありますか?

Emocute:反響は、両側から返ってきました。これまでの制作の積み重ねに目を向けないまま、通りすがりに小石を投げてくるような声も、いくらか聞こえてきました。ただ、それよりずっと厚かったのは、長く活動を続けてきたなかで関わってくれた人たちからの、応援の声です。

 なかでも、いまも記憶に残っているのは「純粋にいい音楽を作ろうとしているように見える」という一言です。自分が一番大事にしている軸を、そのまま読み取ってもらえた。これが自分のやろうとしていることそのままだ、と素直に思えました。

ーーAIを活用した音楽制作で特に意識されていることや、ご自身のなかで大切にしているこだわりがあれば教えてください。

Emocute:作るときに頭のなかにあるのは、自分の作家性とこだわりが、そのまま音や言葉になっているか、その一点です。ただ、これはAIと組むようになってから新しく始めたことではなく、長く無意識にやってきたことを、いまも続けているだけなので、やっていることは、これまでと変わりません。

 強いて挙げるなら、その無意識を支える側に手間をかけています。意識しなくても作家性が音に通るように、その作法をClaude(Anthropicが開発する対話AI)が読める形式のファイルに落として、毎回参照させています。和声辞書、リハーモナイズ辞書、進行パターン、歌詞の批評観点など、毎回指示を出すたびに気を取られずに済むよう、道具側であらかじめ線を引いている、という関係です。

ーーAIを音楽制作の補助に使う一方で、ご自身の手で必ず担う部分などAIに任せないと決めている領域があれば教えてください。

Emocute:任せないのは、「判断」です。

 生成自体はClaudeやSunoに任せ、1日に100案でも200案でも出してもらいます。ただし、そこから「採る」「却下する」と決めていく作業、そして「何を作るのか」「なぜ作るのか」は、必ず自分の側に置いています。

 具体的にどのように分けているかをご説明すると、「判断」には三つの領域があります。

 第一に、歌詞の打ち出し方と最終判断。Claudeと何度も往復しますが、最初の一筆と「これでよし」は自分で出します。歌詞は曲のテーマの核であり、ここを譲れば全体の方向がブレてしまうからです。

 第二に、規約と辞書の設計。AIに渡す「自分の音楽の作法」そのものを、AIには書かせません。自分の側で言語化して渡し、AIに守らせる。順序を逆にすれば、作法自体が平均値に引きずられていきます。

 第三に、コンセプトの方向とリリース可否の判断。商品名・キャッチコピー・価格の決定も、AIと壁打ちはしますが、最終決定をするのは常に自分です。AIは判断材料を桁違いに増やしてくれる相棒であって、判断そのものを委ねる存在ではありません。

ーー『Emocute Studio』を構築する過程で、思い通りにいかなかった部分や、独自の工夫で乗り越えた経験があれば教えてください。

Emocute:最も大きかった壁は、SunoもClaudeも、放っておけば「平均的にいい音楽」「平均的にいい歌詞」へ流れていく、という事実でした。Sunoはテキスト指示だけだと王道の進行に落ち着き、Claudeに歌詞を書かせれば「光」「ともしび」のような常連語、ありきたりな言葉に寄ってしまう。AIと組む面白さは、この「平均への引力」をどう蹴り、自分の音楽をねじ込むかにあります。

——具体的には、どのような工夫をしていますか?

Emocute:いくつかあります。たとえばコード進行はSunoに任せず、自分で組んだものをMIDIで渡す。Sunoに書く文章には雰囲気を表す語のみを置き、進行の決定権はこちらに残すなど。並びを組む側でも、教科書的に整っているだけのものには寄せません。そういう並びはSunoでも出せて、大抵つまらない、というのが出発点です。

 こうした工夫を並べていて気が付くのは、その大半がAIに良いものを出させる作業ではなく、AI側の「平均化の引力」から“自分の音楽を引き剥がす作業”である、ということです。

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