DeepSeekショックの顛末と「生成AI開発競争」を経済レポートから読み解く

経済レポートから読み解く生成AI開発競争

“生成AI時代の覇者”の座を守ろうとするアメリカ

 生成AIが経済に多大な影響を与えることは明白で、それゆえ世界各国で経済政策の一環として「生成AI増進政策」が発表されている。

 生成AI増進政策を特に積極的に打ち出しているのは、アメリカである。2024年12月2日、アメリカ商務省は、中国に対して最先端半導体の輸出規制を強化することを発表した(※7)。この政策は、生成AI開発競争におけるアメリカの最大のライバルである中国の弱体化を狙ったものである。「最先端半導体」とは、端的に言えば、NVIDIAの最新GPUを指している。生成AI開発に不可欠な製品をライバルに渡さないことで、自国の優位性を確固たるものにしようというわけである。

 以上の政策から生じた余波は、日本の思わぬところに及んでいる。秋葉原発のニュースを発信するオタク総研が2025年2月1日に公開した記事によると、秋葉原にあるパソコンショップ「パソコン工房秋葉原パーツ館」で1月30日にNVIDIAの最新GPU『GeForce RTX 5080/5090』の抽選販売を実施したところ、予想を上回る希望者が殺到して店舗周辺が一時騒然となった(※8)。購入希望者のなかには、中国系の転売業者がいたと推定された。

 この騒動の一因として、輸出規制により中国でフルスペックのNVIDIA最新GPUが入手できないことが挙げられる。上述の背景により、中国で入手できないGPUを日本で購入しようとした転売業者が秋葉原に来たのではないかと予想される。

 アメリカが打ち出したもうひとつの生成AI増進政策は、OpenAIから発表された。2025年1月21日、同社は新しいAIインフラを構築することを目的として、5,000億ドルが投資される「Stargate Project」を発表した(※9、トップ画像も参照)。同プロジェクトの発表記者会見には、トランプ大統領が出席。同大統領の出席は、このプロジェクトが単なる民間プロジェクトであることを超えて、国家的なそれであることを意味する。

 Stargate Projectの初期の出資者には、日本企業のソフトバンクやクラウドサービス大手のOracleが名を連ね、初期技術パートナーとしてMicrosoftやNVIDIAが参加する。そして、プロジェクトのチェアマンにはソフトバンク代表取締役会長兼社長の孫正義氏が就任した。

 以上のように、アメリカ政府は生成AI増進政策を打ち出して、“生成AI時代の覇者”の座を守ろうとしている。同国は今後も新しい生成AI増進政策を発表するだろう。

影響は安全保障にまで波及? “DeepSeekショック”の顛末

 AIが政治経済に影響を及ぼす事例は、2025年1月後半から2月はじめにかけても起こった。中国のAIスタートアップ・DeepSeekが対話型生成AIを発表したことに端を発するものであり、“DeepSeekショック”とも呼ばれた一件だ。

 DeepSeek開発のAIの概要については、HUFFPOSTが2025年1月29日に公開した記事でまとめている(※10)。その記事によると、同社の最新AIモデル「R1」が1月20日にリリースされると、App Storeで無料アプリ部門ダウンロード数トップとなり、OpenAIが提供する対話型生成AIであるChatGPTの強力なライバルの登場という印象を与えた。

 R1の革新性は、ChatGPTシリーズの最新モデル「o1」に匹敵する性能を実現しながら、開発および運用に要するコストが大幅に抑制されているところにある。2024年12月に発表された「V3」モデルの開発費用は560万ドルだったとされているが、ChatGPTの開発には数十億ドルが費やされたと言われている。DeepSeekが費やした開発費用は、文字通り桁違いに安いのである。

 DeepSeekの圧倒的な開発コストパフォーマンスは、多額の資金が投じられてきた生成AI開発競争に一石を投じる、まさに“ゲームチェンジャー”と呼べるものであり、ひいてはそのような常識で戦ってきたアメリカのAI企業の優位性をゆるがすことにつながる。“DeepSeekショック”の経済面の影響をまとめた2025年1月29日公開のニューズウィーク日本版の記事によれば、DeepSeekの登場により、NVIDIAの株価は一時17%下落して、時価総額に換算すると6,000億ドルの損失が生じた(※11)。

 しかしながら、DeepSeekの登場後、同社AIの綻びが見え始めた。AI評価企業PromptFooが2025年1月28日に公開した同AIを評価した結果をまとめたブログ記事によると、同AIは「台湾独立」「文化大革命」のような中国政府にとってセンシティブな話題について、中国共産党政府の公式見解と合致するような回答を出力することが判明した(※12)。この評価結果は、同AIが高度な政治的配慮のもとに開発されたことを意味する。

 さらに共同通信が2025年2月6日に公開した記事によると、日本政府は中央省庁に対してDeepSeekが開発した生成AIの業務利用に関して、注意を促す通知を出した(※13)。このような通知が出された背景には、同AIの利用データは中国のサーバーに保存され、中国の法令が適用されるので、同AIの使用は機密情報の漏洩につながることがあるためだ。

 以上のように、生成AI開発競争は、政治経済に加えて安全保障にも影響を及ぼす時代になっている。今後も生成AI開発競争をめぐるニュースが報道されるが、そのようなニュースにはしばしば技術的側面と同時に政治経済的な側面がある。そうした両面を正しく理解すると、生成AIによって変わりゆく世界の姿が見えてくるだろう。

〈参考資料〉
(※1)世界経済フォーラム「The Future of Jobs Report 2025」:https://www.weforum.org/publications/the-future-of-jobs-report-2025/
(※2)IMF「Gen-AI: Artificial Intelligence and the Future of Work」:https://www.imf.org/en/Publications/Staff-Discussion-Notes/Issues/2024/01/14/Gen-AI-Artificial-Intelligence-and-the-Future-of-Work-542379?cid=bl-com-SDNEA2024001
(※3)OpenAI「Introducing OpenAI」:https://openai.com/index/introducing-openai/
(※4)OpenAI「Our structure」:https://openai.com/our-structure/
(※5)OpenAI「New funding to scale the benefits of AI」:https://openai.com/index/scale-the-benefits-of-ai/
(※6)BBC NEWS JAPAN「米半導体エヌビディア、時価総額で世界1位に マイクロソフト抜く」:https://www.bbc.com/japanese/articles/cmmmg84mgm6o
(※7)アメリカ商務省「Commerce Strengthens Export Controls to Restrict China’s Capability to Produce Advanced Semiconductors for Military Applications」:https://www.bis.gov/press-release/commerce-strengthens-export-controls-restrict-chinas-capability-produce-advanced
(※8)オタク総研「秋葉原のグラボ騒動、中国系業者が相次いだ理由 背景に米中輸出規制?春節重なり“商機”だったか」:https://0115765.com/archives/112253
(※9)OpenAI「Announcing The Stargate Project」:https://openai.com/index/announcing-the-stargate-project/
(※10)HUFFPOST「DeepSeek(ディープシーク)とは?世界に衝撃を与えているAIは何がすごいのか」:https://www.huffingtonpost.jp/entry/deepseek_jp_679980e5e4b0535cbc5f8209?utm_source=chatgpt.com
(※11)ニューズウィーク日本版「「DeepSeekショック」の株価大暴落が回避された理由」:https://www.newsweekjapan.jp/reizei/2025/01/deepseek.php
(※12)promptfoo「1,156 Questions Censored by DeepSeek」:https://www.promptfoo.dev/blog/deepseek-censorship/
(※13)共同通信「中国AI、政府が省庁に注意促す 機密扱えず、リスク考慮を」:https://nordot.app/1260153418641703729

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