VTuberの実況プレイ、Switch移植でも話題 マレーシア発の音ゲー『A Dance of Fire and Ice』の音楽面を辿る
音楽ゲーム『A Dance of Fire and Ice』(ADOFAI)が話題だ。2019年にPC等で正式版が公開されていた本作は、4月17日の任天堂Indie WorldにてNintendo Switch版リリースについての情報が解禁された。スマホ版もまた、本稿執筆時点でiOS App Storeの音楽ゲーム分野ランキングで有料ゲーム第1位、Google Playの類似ランキングでも第2位という上位に君臨している。
ブレイク前夜にも、たとえばRTAイベント『RTA in Japan Winter 2022』では種目として同タイトルが選出され、凄腕プレイヤーの紲空現による常軌を逸したゲームプレイが視聴者の称賛を集めていた。
また世界初のプロ音楽ゲーマーとなったDOLCE.や、音楽ゲーム分野のトップVTuber・社築(にじさんじ)をはじめとする界隈のインフルエンサーも続々と本作の実況プレイを公開するなど、その勢いは留まるところを知らない。
本稿では、まず音楽ゲーム作品としての『A Dance of Fire and Ice』の来歴を簡単に紹介する。そのうえで、本作を彩る音楽面の面白さについて語っていきたい。
『A Dance of Fire and Ice』と7th Beat Gamesの来歴
『A Dance of Fire and Ice』の開発元は7th Beat Games。マレーシアのHafiz AzmanとWinston Leeの2人が主体となって設立した、新興のインディーゲームデベロッパーだ。
その発端は2014年頃にまで遡る。当時、英国ケンブリッジ大学に留学していたAzmanとLeeが、後にリリースされる音楽ゲーム『Rhythm Doctor』のブラウザ版デモを制作。同作は、インディーゲームの祭典『Independent Game Festival』(IGF)の学生向けショウケースでファイナリストにノミネートされた。
2人はIGFの母体であるゲーム開発者の国際会議『Game Developers Conference』(GDC)への出席のため渡米。ペルー出身のプログラマーGiacomo Preciadoと出会い、7th Beat Gamesの3人目のメンバーとして迎え入れた。以降もアニメーター、ライター、PRなどを兼任する米国のKyle Labriolaを含め、2024年現在でマレーシア、ペルー、米国、英国、ルーマニア、フィリピン、韓国、中国、スイス……と多国籍なメンバーからなる気鋭のチームを築き上げるに至っている。
『Rhythm Doctor』はデモ版こそ散発的に公開されていたものの、2021年のアーリーアクセス版発売までには時間を要していた。本作『A Dance of Fire and Ice』はその傍ら、著名な48時間制限下でのゲーム開発コンペ『Ludum Dare』の第30回を契機に開発を開始したものだ。2014年にitch.ioでデモ版を初公開。2019年には香港のインディーゲームスタジオIndienovaを合同パブリッシャーとして迎え、PC/iOS/Androidのマルチプラットフォームで同年1月に正式リリースされた。
本作のリード開発者となったAzmanは、最近マレーシアの番組に出演。つんく♂が主導した任天堂の音楽ゲーム「リズム天国」シリーズを筆頭に、タイトー『グルーヴコースター』 、lowiro『Arcaea』、Noxy Games『Lanota』、Rayark『Cytus II』、そして任天堂『押忍!闘え!応援団』といった音楽ゲームの先達からの影響を大いに語っている。
また、Azmanが『Rhythm Doctor』『A Dance of Fire and Ice』以外に、『Letters』『Rhythm Frog』『Chiki’s Chef』といったインディー音楽ゲームの小品をいくつか公開していることにも言及しておくべきだろう。
『ADOFAI』の音楽に寄与した国際色豊かなコンポーザーたち
さて、記事の本題である『A Dance of Fire and Ice』の音楽の話である。
多くの音楽ゲームと同様、本作の収録曲は多数のインディーズミュージシャンによるコンピレーションを成している。その陣容はゲーム開発陣と同様に国際色豊かであり、かつほかの音楽ゲームに類を見ない、興味深いラインナップを有する。
まず、fizzd名義を用いて作曲者としても貢献しているメイン開発者Hafiz Azman。前述の通りマレーシア出身であり、メインテーマの「A Dance of Fire and Ice」をはじめとして、ゲーム序盤に登場する楽曲を多く書き下ろしている。内部スタッフのJade Kim(米国)と共作した「Offbeats」は文字通りオフビートとオンビートを行き来する一曲。“地形が譜面となる”という本作の特徴とプレイフィールを象徴する楽曲である。
fizzdは前述の番組で、Nintendo DS版『リズム天国ゴールド』に初収録された米政美「ウラオモテ」など、表拍と裏拍を自在に回遊する楽曲からの影響を語っている。
本作では音楽と譜面の関係をプレイヤーへ提示するチュートリアル的な楽曲を主に担当し、ビートを主役としたシンプルな編曲に徹しているfizzdだが、続編作『Rhythm Doctor』ではより厚みを増したアレンジで個性を解放。以前の年間ベスト記事で取り上げた変拍子&グリッチIDMの「Super Oriental Insomniac」、馬車馬のように働く若手医師が悲哀を歌うミュージカル調のギターポップな「One More Shift」など、多分野に知見を持つマルチコンポーザーとしての魅力を発揮している。
ジャジーなエレピを聴かせる「Spin 2 Win」でゲスト参加したdjivviことCadence Hira(米国)は、名門・バークリー音楽大学で学んだアカデミックな才。Pyrebug Studiosのストラテジーゲーム「Scrapshoot」でも音楽を担当したほか、自身のYouTubeでは安藤浩和による『星のカービィ 夢の泉の物語』の楽曲「グレープガーデン」の非公式リミックスも公開している。
フランスのトランペッターAugustin Guilloisは「Third Wave Flip-Flop」で参加。高速ビートが強調されポストパンクと融合したかのような愉快なスウィングジャズを披露している。
「It Go」のanswearing machineは米国出身。Toby Foxの影響を匂わせるキャッチーなメロ主体のポストチップチューンで、『Rivals of Aether』のシステムを利用して制作された『DELTARUNE』風二次創作ゲーム『LUKARUNE』の楽曲を一部担当した経歴にも頷ける。
BMS作家として知られ『Phigros』『Pump It Up』『Raindrops』『DanSparkling』など多数の音楽ゲームにも参加歴のある韓国のQureeは、得意のアートコア成分を込めた「One forgotten night」で参戦。中国のサウンドデザイナーs9menineも、fizzdとの共作楽曲を数点担当している。
日本国内からの楽曲提供もあり
そしていくつかの特殊な追加ステージでは、日本のコンポーザーも楽曲提供を果たしている。
たとえば2023年に行われた非公式大会『A Dance Of Fire And Ice World Championship 2023』(AWC2023)には、開発元の7th Beat Gamesが協力。ここには、もはや説明不要の音楽ゲームコンポーザー筆頭格・かめりあが新曲「LORELEI」を書き下ろし、決勝トラックとしてゲームに実装するサプライズを披露していた。
また、隠しステージの一つには日本のFrumsが「Options」を提供した。かつてBMS競作イベント『BOFU2017』で初公開されたヴェイパーウェイヴ作品であり、そちらでも高い評価を得た楽曲の新規移植にあたるものだ。
DLC『Neo Cosmos』の音楽も面白い
『ADOFAI』は、2022年5月に有料DLC『Neo Cosmos』をリリースしている。
『Neo Cosmos』の仕掛け人は英国のTaroNukeことAlan James。彼はもともと『DanceDanceRevolution』のクローンゲームに端を発するダンスゲーム『In The Groove』の派生作「NotITG」開発や、そのMODを活用したルナティックな特殊演出譜面初見大会『UKSRT』(United Kingdom Sight Reading Tournament)の企画運営、いくつかの音楽ゲームの譜面作家としても知られていた。
発起人のTaroNukeがそのままディレクターを担当したこのDLCには、フランスのコンポーザーCamblaster、米国からDM DOKUROとAsh Astral、そして前述した日本のFrumsと、やはり国際色豊かな新進気鋭の面々が新曲を提供している。
なかでも最注目といえるのがDM DOKUROことOmar Carloだ。マサチューセッツ州在住の若手コンポーザーで、元来洞窟物語』や『UNDERTALE』の二次創作アレンジなどを公開していたが、2017年頃からオリジナル楽曲の制作を本格始動。
2018年には全編ドット絵とチップチューンに彩られた2Dプラットフォーマー『Grapple Force Rena』のBGMでゲーム音楽を初担当していた。2022年の本作に提供した先鋭的なアートコアの「Divine Intervention」は、まさに彼の本領が発揮された大作である。
新奇なサウンドに彩られた注目の音楽ゲーム
インディー音楽ゲーム『A Dance of Fire and Ice』。本作は注目の音楽ゲームであると同時に、世界各国の音楽ゲーム周辺の新鋭アーティストに出会うための絶好の切り口だ。
本作オリジナル楽曲の音源はYouTubeにほぼ全曲が公式アップロードされている他、steamやBandcampで販売されているデジタルサウンドトラックでも入手可能だ。
最後に、fizzdによる傑曲に溢れた『Rhythm Doctor』についてもサウンドトラックのリリースを望むとともに、7th Beat Gamesの今後の動向にも大いに注目していきたい。
Nintendo Switch版『A Dance of Fire and Ice』は、2024年秋にリリース予定だ。
【steamストア内『A Dance of Fire and Ice』ページ】
https://store.steampowered.com/app/977950/
【メーカー公式ウェブサイト】
https://7thbe.at/
© 2023 7th Beat Games
国内外アーケードからインディー作品まで 音ゲーライターが選ぶ2023年の「音楽ゲーム楽曲」10選
本稿では、2023年の音楽ゲームシーンの概況を整理しながら、筆者が個人的に惹かれた音ゲー楽曲の10選をピックアップしていく。 …