メタバースで人はプリミティブになる? バーチャル美少女ねむ×本郷 峻が霊長類の性行動から考える“人類の未来”
2024年現在、数百万人が暮らすオンライン仮想空間「メタバース」。ユーザーたちはメタバース内でコミュニケーションを取ったり、時には恋愛に至ったりしながら、思い思いの人生を送っている。
メタバース内でユーザーの分身となるのは、「アバター」と呼ばれる3Dモデルだ。姿形、性別、国籍すら超えたアバターたちが暮らすメタバース空間に生まれた常識は、現実のそれと異なるものであった。
本特集では、実際にメタバースに生きる“メタバース原住民”である「バーチャル美少女ねむ」が、各種先端分野の有識者との対談を通じて、メタバースとテクノロジーがもたらす人類の進化の“その先”に迫っていく。
第3回のテーマは、「人類とメタバース」。ゲストには、京都大学アフリカ地域研究資料センター特定助教を務める霊長類の研究者・本郷峻氏をお招きした。後編となる本稿では、メタバースにおけるスキンシップと霊長類の性行動を比較し、人類のプリミティブさの行方と未来を探っていく。
■バーチャル美少女ねむ
メタバース原住民にしてメタバース文化エバンジェリスト。
「バーチャルでなりたい自分になる」をテーマに2017年から美少女アイドルとして活動している自称・世界最古の個人系VTuber(バーチャルYouTuber)。2020年にはNHKのテレビ番組に出演し、お茶の間に「バ美肉(バーチャル美少女受肉)」の衝撃を届けた。ボイスチェンジャーの利用を公言しているにも関わらずオリジナル曲『ココロコスプレ』で歌手デビュー。作家としても活動し、著書に小説『仮想美少女シンギュラリティ』、メタバース解説本『メタバース進化論』(技術評論社) がある。フランス日刊紙「リベラシオン」・朝日新聞・日本経済新聞などインタビュー掲載歴多数。VRの未来を届けるHTC公式の初代「VIVEアンバサダー」にも任命されている。
■本郷 峻
熱帯雨林を歩く保全科学者。専門は霊長類社会生態学、野生動物管理学。2016年に京都大学大学院理学研究科を修了、京都大学霊長類研究所研究員、国際協力機構(JICA)長期専門家などを経て、現在は京都大学アフリカ地域研究資料センター特定助教。博士(理学)。熱帯雨林に暮らす野生動物の保全のため、その動物を生活や文化の糧としている地域の狩猟者らとともに実践的研究を行っている。また、マンドリルの社会生態に関する野外調査を通じて、霊長類社会構造の進化を研究している。2023年から、国立総合地球環境学研究所の客員教員として、地域の在来知と科学を組み合わせて熱帯雨林の持続的狩猟システムを開発する国際研究プロジェクトを、カメルーン、コロンビア、マレーシア、ガボンなどでスタートさせた。
スキンシップは霊長類より、現代人の文化?
ねむ:メタバースの世界だと、言葉に頼った言語的なコミュニケーションに加えて、ジェスチャーやスキンシップを多用する動物的なコミュニケーションが増えていくのではないかと思っています。これって、サルとかチンパンジーのコミュニケーション方法に似ていませんか?本郷先生の研究されている霊長類も、非常にスキンシップが多い印象があります。
本郷:実は、霊長類にはスキンシップをする種・しない種がいるんです。ニホンザルとかヒヒは毛づくろいしたりするんですけど、マンドリルとかはあまりスキンシップをしません。
それから、木の上で暮らしている種には、あまりスキンシップの文化がないですね。そのかわり、声によるやり取りをよくしています。むしろ、現代人の方がスキンシップをよくするんじゃないでしょうか。
ねむ:それは意外でした……。でも考えてみれば、たしかに私たち人間にはスキンシップの文化がありますね。握手して敵意がないことを示したり、ハグしたりとか。
本郷:はい、現代人は近距離で向き合って、触れ合うコミュニケーションを多く活用しています。スキンシップの少ないサルが、こんなにお互いを触り合うことはまずありません。ヒトのスキンシップはもともと過剰で、メタバースでさらに激しくなった、と考えることもできますね。
メタバース恋愛に、現実の性別は関係ない
ねむ:スキンシップといえば、友人同士だけじゃなく、恋人同士にも見られる行動ですよね。メタバース内って出会いの場ではないんですが、一緒に過ごす内に恋に落ちてしまう人たちも一定数いるんです。ここまでは、現実でもあることですよね。
実は、メタバースだと「相手の性別を意識しない」で恋愛をする人が多くいます。私達の調査では、回答者の約7割は「相手の性別を重要視しない」と回答していました。
ここからは私の仮説になりますが、アバターによってお互いの性別が抽象化されて、性別によるバリアが外れたんじゃないかと考えています。
現実では相手の性別を意識して、男性同士・女性同士が好きになっちゃいけない、っていう本能的な忌避感があるじゃないですか。アバターを着ると、そういった本能が外れるのではないかと。
本郷:そうかもしれないですね。見た目も声も変わって、みんなスキンシップするから、男女差を感じなくなるのかも。そして、見た目や声以外の部分に「好き」「嫌い」を見出すから、現実の性別を気にしなくなるんですかね?
ねむ:多分そういうことだと思います。
本郷:恋愛レベルの上というか、パートナー関係もあるんでしたっけ。VRチャットとかメタバースの中で定期的に会って、長い時間過ごす関係。
ねむ:ありますね。いわゆる「お砂糖関係」(メタバース内の恋愛関係を指すスラング)というやつですね。この関係になっても、やっぱりお互いの性別を気にしない人が多いようです。また、メタバースでの恋人と現実でも恋愛関係だという人ももちろんいますが、興味深いことに約6割の人はあくまでメタバースの中だけの恋人関係なんです。
メタバースの中では「メタバースでの自分」として恋愛をしていて、「現実の自分」とは一線を引いて考えているんだと思います。現実で会ったら実は男性同士・女性同士だった、という可能性もあるので、ある種当然ではあるんですが。現時点では、現実とメタバースの恋愛は別物と考える人の方が多いようです。
本郷:メタバースで出会って恋愛して、現実でもパートナーになったパターンはあるんですか?
ねむ:男女でカップルになったり、同性同士でもルームシェアを始めた、といったことはよく聞きます。一方で、絶対にパートナーと現実では会いたくないっていう人もいますし、今の段階ではなんとも言えませんね。始まったばかりの世界なので、恋愛関係がどう発展していくか予想するのが難しいんです。
複数パートナーが当たり前、メタバースと霊長類の社会
本郷:ところで、先ほどまでの話は1対1の関係を前提にしていましたよね。メタバースでも現実世界と同じように、恋愛は1対1でするものなのでしょうか? それこそハーレムを作ったり、何人もの人とお付き合いをしたりすることも、理論上は可能ですよね?
ねむ:そこに関して私もすごく興味があったので、調査に組み込んでみました。ただ、「パートナーは何人ですか?」という聞き方をしてしまったんです。結果、約9割の人が1人しかいないと答えたんですが、「パートナー」という言葉自体が現実世界における1:1の関係を想起させるので、聞き方によるバイアスが生じた可能性があると反省しています。
メタバースの世界だと、恋愛と言っていいくらい親密な相手が何人もいるという人も見かけるんです。次の調査では聞き方を変えて、データを取り直そうかと考えています。
(※注釈:対談後にねむが公開した最新の「ソーシャルVRライフスタイル調査2023」では「VRでセックスした相手は何人か」という設問が加えられ、回答者の21%が複数だと回答していた)
本郷:なるほど。メタバースでは何人もの人と付き合うのが普通という認知が広まってくると、現実世界にも変化が起こる可能性はありますね。
実際、霊長類でも1対1のペアしかない種は少数派なんです。人間社会では1対1をベースとした制度・法律・常識ができていますが、メタバースでは違う。1対1の関係が絶対じゃない、という考え方がメタバースから現実に持ち込まれたら、現実世界がどう変化するんでしょうか?
ねむ:先程の話にあった「メタバースと現実は別」という認知を考えると、意外と影響を受けないような気もするんですよ。私の場合も「現実は現実、メタバースはメタバース」というふうに、割と現実とメタバースを切り分けて考えています。
自分と違う「自分」になれるメタバース
本郷:ねむさんの場合、現実とメタバースをはっきり分けている基準はどこにあるんでしょうか。
一度メタバースに行った時の体験では、自分はあまり現実とメタバースの違いを感じませんでした。見えている世界は違うけど、コミュニケーションを取る感覚は、現実世界と大きく違わなかったと思ったのですが。
ねむ:私はそのヒントは「アイデンティティ」にあると思います。今回、本郷先生とメタバースに行ったときは、私はアバターの中身が先生だと知っていましたが、他の人は知らないわけですよね。アバターで「新しい自分になっている」みたいな感覚を得ることで初めて心がスイッチされるんじゃないでしょうか。
私のように、見た目と名前と声の全部をアバターに置き換えると、完全に現実と違う存在(アイデンティティ)になることができます。
本郷:アバターに自分自身を乗り換えることで、新しい自分になれるんですね。今のメタバースには、現実とメタバースでの自分を分けている人が多いんでしょうか?
ねむ:今はある程度分けている人が多い印象です。現実の自分の名前と見た目を隠すことにより、自分の違う部分を出せるというか。
本郷:今はそうだとして、今後どう変わっていくかは気になります。本名を名乗る人が増えるのか、これまで通り見た目を美少女にして、現実と違うアイデンティティを持つ人が多いままなのか。
ねむ:まさしく、その点がメタバースの将来を左右する分岐点だと思います。現状では、仮説に仮説を重ねていくしかないんですが。それこそ、お互いの性別を気にしなくなったり、1対1の関係から解放されて複数のパートナー関係が当たり前な世界になるかもしれません。