ゲームのチューニングは「満足度を作り上げていく仕事」 猿楽庁長官インタビュー

猿楽庁長官・小島尚也氏インタビュー

 遊びの多様化と技術革新により、日々複雑化するゲーム制作。そのようなゲーム業界にあって、メーカーとユーザーのあいだに立ち、生み出される作品のクオリティを担保してきた集団がいる。エンターテインメントコンテンツのデバッグ/チューニングを行う企業として、1998年に設立された猿楽庁だ。

 名前の由来は、前身である株式会社マリーガルマネジメントが本社を構えていた場所。「渋谷区猿楽町にあったときの初心を忘れないように」と、コピーライターやエッセイストとして多方面で活躍する(フリークには「MOTHER」シリーズのゲームデザイナーとしても知られる)糸井重里氏によって名付けられた。

 猿楽庁は設立からの25年、どのようにゲーム業界を見つめてきたのか。現在、株式会社HIKEに籍を置く猿楽庁で、長官(代表)を務める小島尚也氏にお話をうかがった。(結木千尋)

ゲーム業界で「チューニング」という大切な役割を25年担う猿楽庁

――猿楽庁と言うと、設立の当初からデバッグ業務でゲーム業界に携わられてきた会社というイメージがあります。コーポレートサイトなどには、現在はデバッグを行っていないとの記述があったのですが、その認識で間違いありませんか?

小島尚也(以下、小島):そうですね。現在、デバッグ業務はグループ会社のポールトゥウィンに一任し、私たちはチューニング業務のみを担っています。創業したときにはデバッグ業務からスタートしているので、そのイメージを持たれている方も多いのかもしれませんね。

――どのようなバックグラウンドを持つ方が働いていらっしゃるのでしょうか? やはりゲームが好きだったり、過去にゲームメーカーに勤務していたりした方が多いですか?

小島:「ゲームが好き」という性質は全員に当てはまります。ですが、業界で働いたのちに猿楽庁にやってきたメンバーはごく一部です。というのも、大半のスタッフが「ゲームが好きだから業界で働きたい」という想いのもと、アルバイトから入社したケースが多いですね。業界でのキャリアのスタートが猿楽庁というメンバーも多いです。

――ということは、ゲーム業界に興味・関心がある人たちと、ゲーム業界との接点になってきたわけですね。

小島:まさにそうです。猿楽庁は、ユーザーの代表という立場で業務に向かうことを大切にしています。その意味においても、よりユーザーに近いところからキャリアをスタートしてもらうことが業務の遂行に役立っていると思います。

――チューニングの業務には、どのような工程があるのでしょうか?

小島:企画書の段階で「面白いゲームとなりそうか」「ターゲットとする層に刺さりそうか」という視点で助言させていただくものから、制作側のイメージを実現するためにどのような改善が必要かを提案するもの、クライアントが社内でゴーサインをもらうために、第三者機関として制作中のコンテンツをレビューするものなど、案件によってさまざまですね。

――ユーザーのなかには、「出来上がったものをプレイし、フィードバックする作業」を「チューニング」だと想像している方も多いのかなと思います。

小島:もちろんそのような工程を担当する場合も多いですし、猿楽庁としても、実際に触ってみることがチューニングにおける重要なプロセスであると考えています。でも現実には、それ以前の部分に携わるケースなどもたくさんあるんです。

――企画から発売まで、ずっと制作と伴走していることが多いんですか?

小島:そういった場合もありますし、テストなどのタイミングでピンポイントに関わる場合もあります。なかには、制作側が行き詰まったタイミングで改善のアイディアを出すような関わり方をすることもありますね。

――そうした関わり方は意外に感じました。ほかにユーザーの想像とギャップがありそうな工程はありますか?

小島:たとえば、試作段階のアクションゲームをプレイして、“敵を攻撃する行動の気持ちよさ”を考えるような工程もあります。続編を制作することが決まっている場合には、続編に向けて、どのような設計にしておくべきかを制作側と話し合うこともあります。

――ユーザー体験の良化という意味では、どちらもとても大切な部分ですね。

小島:私たちに求められているのは、ゲームメーカーさんや開発会社さんが抱えている困りごとにアンサーを示すことなんですよね。悩みに対する答えがどのようなものであるかは、当事者には見えない場合があるじゃないですか。そういう部分に第三者の視点から適切なアドバイスをさせていただくことが、チューニング業務における猿楽庁の大切な役割だと考えています。

――大きなシリーズになると、ナンバリングによってターゲットとなる年齢が若返ったりするケースもあるかなと思います。そうしたことも意識しながら業務にあたるのでしょうか。

小島:「誰に向けて作るのか」という部分は常に意識しています。ひと口に「続編」と言っても、既存のファンと新しいユーザーでは、面白いと感じるポイントも違うはずです。おのずと、味付けの仕方や、新規要素の分量も変わってきますよね。

――プラットフォームの変更も方向性を左右する材料になりますか?

小島:はい。対応ハードが変われば、ターゲットも遊ばれ方も変わります。展開されている周辺機器だって違いますよね。ゲーム業界には特に、それまでの常識を覆すプラットフォームが生まれやすい土壌があります。歴史を振り返ると、ニンテンドーDSやWii、XboxのKinect、PlayStation 5のコントローラー・DualSenseといった革新的なデバイスが生まれてきました。ユーザー目線を掲げる猿楽庁だからこそ、ゲームの遊ばれ方には常に目を向けていなければなりません。

――長くデバッグやチューニングという工程に携わるなかで、ユーザーとの幅広い接点に対応できるだけの知見を蓄積されてきたんですね。

小島:一般の方からすると、それらすべてが点であるように感じるかもしれませんが、根っこのところではつながっているものも少なくありません。たとえば、ニンテンドーDSは下側の画面がタッチスクリーンになっていました。当時は画期的なアイディアでしたが、スマートフォンがゲーム機として扱われるようになった現在では、タッチ操作は一般的な入力方法ですよね。そのときに得たノウハウは、モバイルゲームのチューニングに生かされています。その時々で業界の動向に注意深く向き合ってきた結果が、いまにつながっているのかもしれませんね。

印象深いタイトルは、画期的なシステムが評価された“あのデジタルボードゲーム”

――ユーザー目線でチューニング業務に携わる立場ならではの苦労はありますか?

小島:まれに制作側と意見がぶつかることですね。私たちとしては、企画書の段階で掲げられていたビジョンありきでユーザーの体験を考えていくんですが、その後の経過によって実際の着地が予定とズレてしまうことがあるんです。そのズレがユーザーの体験に影響を及ぼさなければ問題ないんですが、なかにはどうしても見過ごせない場合もあって。そのときは、私たちも第三者としてフィードバックしなければならない立場なので、率直に意見を言わせていただくことがあります。

――落としどころを見つけるのが難しそうですね。

小島:過去には、5〜6時間にわたって話し合うようなこともありました。ただ当たり前ですが、最終的な判断は制作側がします。私たちは状況をお伝えし、提案するところまでですね。議論の結果、ご納得いただいて軌道修正される場合もあれば、そのまま発売される場合もあります。そういう大変さが常につきまとう仕事なので、前向きな解決に向けて私たちの意見に耳を傾けてくれるクリエイターさんの存在はとてもありがたいです。

――過去に関わったなかで、特に印象深いタイトルは?

小島:「カルドセプト」シリーズですね。猿楽庁としてチューニングに携わったのはもちろんなんですが、私個人としてもイベントの運営などに関わらせてもらいました。全国大会の実況・解説を私が担当していた時期もあったんです。特にシリーズ初期の頃の作品は、私も中心となって取り組んでいたこともあり、思い出深い作品のひとつになっていますね。

――「カルドセプト」は、画期的な作品でした。

小島:カードゲームとボードゲームの融合をデジタルで表現するという、とても斬新なタイトルでした。「カルドセプト」では、ゲーム中に手札が相手に見られてしまうことがあるんです。それがまた一般的なカードゲーム、ボードゲームにはない特徴で。そこに面白さがあることは理解しつつ、最初は「こんな仕様、大丈夫なの?」と思いながら向き合っていました。

――現在進行形でカルト的に人気を集めるシリーズですよね。

小島:ユーザーが今も愛してくれているからこそ、私にとっても強く思い入れのある作品になっています。

――ほかにも印象深いタイトルはありますか?

小島:近年だと『オーディオゲームセンター』という、音だけを使ったゲームのプロジェクトが印象に残っています。視覚に頼らず、聴覚をベースにしたゲームで、実際に全盲の方が開発に携わっています。このプロジェクトをお手伝いさせていただく機会に恵まれました。

 全盲の方が日常的に経験している音だけの世界を、私自身、想像しようとすることはできても、実際にゲームを通じて経験してみると、さまざまな驚きがありました。普段音を頼りに暮らしている人ならではの感覚や視点があったんですよね。ゲームデザインとしても、社会的な取り組みとしても素晴らしい経験をさせていただいたと思っています。

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