GOTYの傑作RPG『バルダーズ・ゲート3』が日本上陸 “正規ルート”のない物語を堪能せよ

傑作『バルダーズ・ゲート3』日本上陸

Part II : 私とアスタリオン、あるいは傷を負った「私たち」による祝祭の物語

 ここからは個人的な話をしたい。そういうのが嫌いな方は、ここまでで一通りの魅力は語ったと思っているので、読み飛ばしていただいても結構だ。また、あるキャラクターの物語について(極力ネタバレを避けたうえで)語るため、なにも知らない状態で楽しみたいという方は注意してほしい。

 本作が正式リリースされた2023年8月当時の私は、相次ぐ長時間労働や職場でのストレス、あるいは過去から抱え続けてきたメンタルヘルスの問題などが重なった結果、精神の調子を激しく崩し、休業の末に、昨年末に転職した会社(学生の頃から憧れていた会社だ)から退職の通告を受けたばかりだった。これからはお金を節約しなければならない。そう分かっていても、なぜかこのゲームに特別な何かを感じていた私は「まぁ、英語の勉強にもなるだろうし。合わなかったら返金すればいい」と自分に言い訳をしながらSteamの購入ボタンを押した。

 『バルダーズ・ゲート3』では旅の途中で出会う、主人公と共通の目的を持つキャラクターたちとともに、最大4人までパーティーを組んで冒険することができる(参加しなかったキャラクターは、キャンプでペットたちと一緒に留守番だ)。本作に登場する仲間たちは、その誰もが(実際の私たちと同じように)決して一言では言い表すことのできない複雑な個性や考え方、自らの存在を決定付けた過去を持っており、なにかしらの悩みを抱えながら現在を生きている。

 長い旅路のなかで、時には私たちの目的について、時にはそれぞれの個人的な話について、何度も会話を重ね、そのたびに(前述のように)自分の考えを伝えていくうちに、最初は「一緒に旅をした方が何かと役立つだろう」くらいに思っていた私たちの間に、やはり一言では言い表すことのできない強いつながりが生まれていく。そのプロセスはまさにビデオゲームならではの体験であり、これまでに語った本作のゲームとしての面白さと同じくらい、あるいはそれ以上に本作に特別な魅力を与えていく。

 レイゼル、ゲイル、シャドウハート、ウィル、カーラックなど、道中で出会う仲間たちは出会いのきっかけこそ必ずしも望ましいものではなかったかもしれないが、誰もが最初の印象とはまるで異なる奥深い魅力を持っており、旅を進めていくうちに、少なくとも私としては、その全員が大好きになった。だが、そのなかでも特に強く惹かれたのが、アスタリオンと名乗るハイ・エルフである。

 かつて、200年もの時を残虐な主人のもとで過ごしたヴァンパイア・スポーン(人型生物が本物の吸血鬼に血を吸われたことで生まれる落とし子のような存在。吸血鬼に近い特徴を持つが、本物の吸血鬼=主人とは主従関係にある)であるという彼は、その支配から抜け出すことに成功したばかりで、ともに行動する仲間を探しているところだった。

 もちろん、筆者は吸血鬼ではないし、彼が後に語るような壮絶な過去は持っていない。だが、長年に渡って主人に酷使された経験や、恐らくその結果でもあるのだろう、常にどこか演じているかのような口調や皮肉めいた性格、自由の身になったいまでも主人に刻まれた傷が痛ましく残る身体、「孤独や不安を激しく感じていながらも、一方で内面に踏み込まれることは好まない」ような人との接し方に、どこか自分に近いものを感じて、よく一緒に行動するようになっていった。

 仲間になったばかりの頃、うっかり彼がキャンプで私の血を飲みすぎて命まで奪ってしまったときはさすがに怒ったが(シャドウハートが蘇生手段を持っていてくれて良かった)、私が生き返った様子を見て焦る姿を見てつい笑ってしまったので、軽く注意するにとどめた。以来、アスタリオンと共に旅に出るときには、戦いの最中に攻撃と合わせて血の欲求を満たしてもらうようになったのだが、余裕のあるときには寝る前に私の血を吸うことも許した(とはいえ、どうも吸いすぎるのか翌日は貧血に悩まされることになった)。冒険のなかで選択を迫られる場面では、理想主義的な自分と、冷徹な彼とで意見が一致しないことの方が多かったが、一方で、必ずしも「悪」を好まないような瞬間を見たときに、彼のなかにも(やや捻れてはいるものの)理念のようなものを感じて、うれしくなったものである。

 だいたいの場面でユーモラスな返答をしてくれるので、アスタリオンと一緒に旅をするのはとても楽しかった。だが一方で、必ずしも楽しいだけではない場面もあり、それが彼の過去につながるものであればなおさらである。いつもはナルシストで皮肉屋な彼が、時々、心の底から怯えるような表情を見せたとき、私は一人の友人として「ちゃんと彼に寄り添う存在になろう」と思うようになっていった。きっと彼は、私のなかにある傷を見せたら、その規模の違いに呆れながらも、少しだけ真面目な顔をしてくれるだろう。彼の物語は、旅の目的を進めるうえではほとんど寄り道にすぎず、その旅路はさまざまな苦難に満ちている。だが、「傷なんかどうでもいい。生きているだけありがたいと思え」と言われたときの気持ちを私は知っているし、それを彼に言う気にはなれなかった。

 意外にも、私とアスタリオンとの間に恋愛感情や肉体関係が生まれることは一度もなかった(というか冒険中は誰ともセックスをしなかった)。その気になればできたと思うのだが、少なくとも当時はどちらもそれを望んでいなかったし、以前、ある出来事をきっかけに、彼が私に一度だけそっと握手を求めてきたとき、もうこれで十分だと感じたからである。その瞬間はとても美しく、それだけで私は彼のために、たとえその先に待つのが地獄だとしても、復讐をともに成し遂げてやろうと思えたのだ。なにより、どんなに現実世界の状況に絶望していても、アスタリオンと(あるいは仲間たちと)ともに旅をしているときだけは、私は孤独ではなかったし、そこで得たエネルギーは現実の自分を前に進めるための強い力にもなってくれた。その恩返しがしたかったのである。

 現実世界で共通の友人を持っていても、両者の関係性がそれぞれ異なっているように、プレイヤーによって仲間と歩む物語はまったく異なるだろう(ある友人は、あまりにも性格が合わなかったのでアスタリオンを序盤で殺してしまったという)。また、これはあくまで私とアスタリオンとの個人的なエピソードだけを切り抜いたものであり、正直な話をすれば、すべての仲間について共に歩んだ物語を語りたいのが本音だ(誇張抜きに、オリジンキャラクターにはそれぞれRPG1本分に匹敵するだけの濃密な物語が存在する)。また、仲間同士のつながりだって忘れてはならない(目覚めたらレイゼルとシャドウハートが取っ組み合いの喧嘩をしていたのが、いまでは懐かしい)。

 『バルダーズ・ゲート3』のファンコミュニティでは、毎日たくさんの人々がキャラクターたちの魅力について語っており、なかには、その過去に自分自身の姿を重ねるプレイヤーも珍しくない(これはアスタリオン以外のキャラクターにおいても同様だ)。これはあくまで個人的な感覚にすぎないが、ここまで傷を負った人々が集まり、その想いや感謝を語るゲームのコミュニティを、私は過去に見たことがない(また、本作はクィア・コミュニティからもとても多くの支持を集めていることも書いておくべきだろう。豊富な設定項目が用意されたキャラクタークリエイトはもちろん、ゲーム内にもたくさんのクィアなキャラクターたちが登場し、なによりその一人ひとりが丁寧かつ奥深く作り込まれている)。

 私にとっても『バルダーズ・ゲート3』という作品は自分にとっての数少ない「居場所」であると言い切ることができる。あのとき、なにを(あるいは誰を)信じるべきなのか分からなくなり、完全に絶望していた私が、このゲームを遊んでいるときだけは自分の想像力を存分に楽しみ、仲間たちと共に物語を歩むことで、どこか癒やしを感じられたり、笑うことができたのだ。いまは当時の状況からある程度改善しているが、本作はそのきっかけの一つになったと強く感じている(もちろん個人の感想である)。

 先日の『The Game Awards』にて、ベスト・パフォーマンス部門を受賞したアスタリオン役のNeil Newbon氏は、受賞スピーチで次のように語っていた。

 「コミュニティのみなさんは、私やLarian Studiosに本当にたくさんの声を届けてくれました。そして、このゲームが自分たちのことを見てくれていると、希望を失い、孤立し、孤独を感じている自分たちの姿がここにあるのだと語ってくれました。また、このゲームが自分たちのことをつなぎ、前へと進むための助けになったと教えてくれました。だから、私はこの場で、みなさんが私たちを見ていてくれたことに、心からの感謝を伝えたいと思います」

Neil Newbon - Best Performance The Game Awards

 私が『バルダーズ・ゲート3』を2023年の、あるいは生涯のベストゲームに選ぶ理由がここにある。本作はTRPGという原点を徹底的に突き詰めた土台の上で、現代を生きる人々にもつながりの感じられる物語をこれまでにないほど力強く、時にはユーモアを、時には個人的な感情や経験を織り交ぜながら立体的かつ丁寧に描いていく。もちろん、その行く末を決めるのは私たちとそのキャラクター自身にほかならない。

 『バルダーズ・ゲート3』は極めて優れたRPGであると同時に、傷を抱えた私たちにとっての祝祭でもある。たとえ、どんな運命が待ち受けていようとも、最後には生き残ったことを祝って、華々しいパーティーを楽しむのだ。

© 2023 Wizards of the Coast and Larian Studios. All rights reserved. Larian Studios is a registered trademark of the Larian Studios Games Ltd affiliates. Wizards of the Coast, Baldur's Gate, Dungeons & Dragons, D&D, and their respective logos are registered trademarks of Wizards of the Coast LLC

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