“手段”を作る設計から感じた、ゲームとアクセシビリティが持つ可能性 PS5・Accessコントローラー先行体験会レポート

PS5・Accessコントローラー先行体験会レポート

4. Access コントローラーの登場による、今後のビデオゲーム業界に対する展望

Access コントローラーによって生まれる、新たなコミュニティへの期待

 ここまで書いてきたように、あくまでAccess コントローラーは課題を解決するための“道具”であり、実際の“解法”はユーザーそれぞれのカスタマイズ(ハードウェア側)とプロファイル(ソフトウェア側)にある。特にプロファイルについては(試遊で例を用意頂いたこともあり)「公式が例を公開しても良いのでは」と感じていたのだが、SIE側としては、ゲームソフトごとにプロファイルの例を公開するような取り組みを実施する予定は今のところないという。

 「テスターのみなさまからもいただくご質問ではあったのですが、やはり、障がいの程度というのは人それぞれです。にも関わらず、われわれの方から公式のプロファイルをなにか一つでも発信するというのは、ちょっと難しいかなと考えています」(SIE・池ノ谷氏)

 ある意味では、この回答にアクセシビリティという分野の複雑さが凝縮されているといってもいいかもしれない。ユーザーごとに“解法”がまったく異なっているがゆえに、公式の立場で例を提供すると、それがある種の絶対的なものであるような印象を与えてしまう。それはPlayStationとしてのアクセシビリティの考え方に反しているということなのだろう。そこで重要になるのが、コミュニティ内での情報の共有である。

 「Access コントローラーが発売されることで、自分の状態にマッチするプロファイルを支援者と作ったり、作ったプロファイルを公開したりと、遊びの工夫をユーザー間で共有しあうことも可能になるのではないかと予想しています。今後はAccess コントローラーを使ったイベントを積極的に実施し、日本のゲームアクセシビリティの認知度の向上につながるイベントを続けていきたいと思っています」(畠山氏)

 SIE側も、コミュニティ側のそうした動きに期待しているようだ。

 「Access コントローラーが導入されることで、『私はこういう障がいを持っていて、このプロファイルでゲームをしたら良かった』という情報発信がされるような世界になると思っています。そういったコミュニケーションの中で、実際に自分の障がいと同じ障がいを持つ人を見つけて、その人とお互いにブラッシュアップを重ねてみたり、『こういう機器を作ってみたのだけど、どうだろう?』と相談する世界が広がるといいかなと思っていますね」(SIE・池ノ谷氏)

eスポーツ大会におけるレギュレーション問題と、「公認」であるAccess コントローラーへの期待

 Access コントローラーは、PlayStation 5における新たな公認コントローラーのひとつになる。これによる影響が想定されるのがeスポーツ大会だ。

 「私はeスポーツ(対戦格闘ゲーム)の一般的な大会に参加したことがあるのですが、レギュレーションによって使用デバイスのカスタマイズに制限が設けられており、その範囲で許されるデバイスで参加する必要があります。私のような身体的な制限がある方や、特別なニーズを持つ方にとっては、平等な操作環境を得るためにデバイスをカスタマイズする必要があるのですが、場合によってはそれがレギュレーションに触れてしまうことがあるのです。今後、eスポーツの大会で、このAccess コントローラーの使用がレギュレーションにおいて認められることで、私のように身体的な制限のある方や、特別なニーズを持つ方が、よりアクセスしやすくなる社会になることを、最も期待しています」(畠山氏)

 「『公認のコントローラーであればOKです』ということが多いんです。そういったときに、このAccess コントローラーを使うことで、いままで参加できなかった方々が、大会に参加する権利を持つことができるようになるのではないでしょうか」(干場氏)

 eスポーツという分野(あるいはゲーム全体)における大きな特徴は、オリンピックに対してパラリンピックが存在するのに対して、障がいの有無を超えた一人の選手同士として参加できる可能性があるということだ。今年8月に開催された世界最大級の格闘ゲーム大会『Evolution Championship Series 2023』(通称、EVO)に出場した全盲のBlindWarriorSven氏が予選で勝利を収め、大きな盛り上がりを見せたことは記憶に新しい。今回登壇した畠山氏が所属するePARAでは積極的にバリアフリーなeスポーツの大会やイベントを実施しており、9月に岩手県・八幡平で開催された『HACHIMANTAI 8 FIGHTS』では障がいの有無を問わずに誰もが対戦を楽しむことができるエリアや来場者も参加できる対戦企画(プロ選手やプロデューサーである畠山氏自身も参加)が用意され、多くの人々が垣根を超えてゲームを楽しんでいたという。

BlindWarriorSven (BLIND STREET FIGHTER PLAYER) PLAYS ON THE EVO MAIN STAGE!

 eスポーツにおけるコントローラーの存在は、現実の野球におけるバットや、ボクシングにおけるグローブなどと同義だ。畠山氏が語るように、Access コントローラーが発売されることによって、それぞれの大会やイベントがあらためてレギュレーションの見直しを行い、参加のハードルが軽減されることを期待したい。

Access コントローラーの登場はゴールではなく、あくまでスタート地点である

 この日の先行体験会の全体を通して、Access コントローラーがいかに大きな可能性を持った存在であるかということを強く実感することができた。とはいえ、その本当の真価は、当事者の方々が実際にこのコントローラーを使用することによって初めて発揮される。

 開発者の両名が強調していたのは、このAccess コントローラーはあくまで前述の3つの課題に対処するために開発されたものであり、すべての障がいのある方や、個人に対応する普遍的な対応策ではないこと。また、非常にユニークなコントローラーであるがゆえに、使いこなすまでに慣れる期間が必要である(具体的には7日~10日ほど)ということだ。

 Access コントローラーは従来のアクセシビリティコントローラーとは異なる、極めてユニークな商品である。SIEの若井氏や開発者の両名も「発売後、あるいは発売前の時点から、みなさまの声を聞いて、今後も一つずつ課題を取り除いていきたいと思っています」と語っており、まずはAccess コントローラーが世に出るということ、さまざまな人々が実際に試してみるということが重要なのだろう。

 このように、Access コントローラーの登場は決してゴールではなく、あくまで一つのスタート地点でしかない。たとえば、本稿や発売のニュースを見て「すてきな商品だな」と共感するだけではなく、情報共有やコミュニティの動きを活発化させていくことが今後は必要になっていく。それは当事者だけではなく、ゲーマー全体や、メディアや開発者など、業界全体において重要なことだ。そもそも認知してもらえないことには、ゲームという世界への入り口を見つけてもらうことすらできない。

 「現状としては、日本のゲームアクセシビリティの認知度は海外に比べてかなり低いのが現実です。私のように身体的な制限がある人や、特別なニーズを持つ人がゲームに触れる際、そのゲームをプレイするための工夫を共有したり、ゲームアクセシビリティについての周知を当事者や支援者に広く届けていくといった活動が今後重要になるのではないかと思います」(畠山氏) 

 「Accessコントローラーが出ることにより、ゲームで遊ぶ人口の中に身体的な制約がある人がいるということがより可視化されると思います。それによって、今後、ゲームにアクセシビリティ機能を盛り込むというのがより主流になっていくことに期待しています。また、身体的な制約がある方がこのコントローラーを実際に使う際、どうしても自分自身で設置できないという方もいらっしゃると思います。そういった方々のために周りの家族や支援者の方や、医学療法士や作業療法士といったセラピストの方々、そしてソフトやハードを作る開発者の方々の情報交換というのがより活発になれば、さらにアクセシビリティが発展できる土壌が生まれるのではないでしょうか」(干場氏)

後列左から堀越朝氏、池ノ谷優一郎氏、田代洋章氏。前列左から畠山駿也氏、干場慎也氏
後列左から堀越朝氏、池ノ谷優一郎氏、田代洋章氏。前列左から畠山駿也氏、干場慎也氏

 ゲームという文化が素晴らしいものであることは、ゲーマーなら誰もが理解していることだろう。Access コントローラーを筆頭としたアクセシビリティの向上は、そうしたゲームの魅力がより多くの人へと広がっていくことに他ならない。最後に、SIE・堀越氏の、Access コントローラーの開発中のエピソードを引用して、本稿を締めたいと思う。

 「日本国内のユーザーテストに参加していただいたあるお子さんがいるのですが、その方は、標準のコントローラーが重たくて、持つことができなくて、これまでPlayStationのゲームを遊ぶことができなかったんですね。その方にAccess コントローラーを2週間ほどお貸ししたところ、最終的に両手を使ってゲームをプレイすることができるようになって、『すごく楽しかった。ありがとうございます』という直筆の感謝のお手紙までいただいたんです。それが我々にとっても非常にうれしかったですし、そういったシーンが今後いろいろなところで増えていくと、(Access コントローラーを)開発してよかったなと思います」

 もしかしたら、その子といつかオンラインで一戦を交える日が来るかもしれない。そんな可能性がゲームとアクセシビリティにはたくさん詰まっている。

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