tofubeats × HOEDOWN馬場氏 × stu Murasaqi氏 × 松竹 賜氏が語り合う”バーチャルプロダクションの可能性” 「自由」MV撮影の舞台裏に迫る
「自由」MV制作において苦労したポイント
ーーさまざまなメリットがある一方で、この表現手法で撮影を進めるうえで難しさを感じたポイントを教えてください。
馬場:「UE5内でのロケハン」に少し戸惑いを感じました。従来のロケハンは、ロケ地を選び、現地に赴いてアングルを探るという流れで行われますが、バーチャルプロダクションでは“ロケ地そのもの”から作ることができます。そのため、必ずしもロケ地を探して選択する必要がありません。ロケーションや撮影の自由度が非常に高い反面、ディレクターが最後まで明確なイメージを持っていないと迷子になりやすいという難しさもありました。
Murasaqi:CG制作側からすると、通常は作りたいCGについて最初に話し合うのが一般的ですが、バーチャルプロダクションは実際のロケ地に存在しないものを映像に組み込むことができてしまう。だから、監督がもし手応えがあると感じた場合、こちらとしては強めにディレクションを行ってもらっても特に問題はありません。ただし、馬場さんのように通常は実際のロケ地で撮影を行っている方からすると、最初がCGでロケ地であるスタジオ内に存在しないものを加えるというギャップがあったと思います。でも、その認識をすり合わせた後は作業がかなりスムーズに進んだ実感がありますね。
馬場:まず最初に“なんでもできてしまう自由さ”がありますからね。ロケ地のイメージを自分で作り上げなければならないという点では、従来の撮影の考え方と違いますし、そういったことは初めての経験だったので、最初は苦労しました。
Murasaqi:それと、CG作品というのは映像内に多少の嘘があっても映像的に良ければ問題ありません。しかし、バーチャルプロダクションやUnreal Engine、Unityで検証する際には、映像内のCGモデルの美術寸法は現実のものに合わせる方が望ましいです。それがバラバラだと、カメラをパンする際に映像内に突然巨大なものが現れたり、違和感を生じさせてしまったりする可能性があるので、最初に「ここは現実ベースにした方が作業がやりやすい」という話をしました。そのうえで、CG制作担当者と監督の感覚をすり合わせるためにUnreal Engineを使用してカメラの動きやアングルを確認しました。
ちなみに実際の映像に登場する倉庫も、最初は非常に巨大なものでしたが、現実的な寸法に調整することで、全員が情景をイメージしやすくなり、その後のカメラワークもスムーズに進めることができました。正確な寸法を設定して作業を進めることで、どの視点から見ても説得力のある映像が生まれることを確認できたのは、今回の実証実験の結果得られた大きな知見ですね。
ーーなるほど。一番苦労した点はCGの取り扱いですか?
Murasaqi:もちろんそれもありますが、やっぱり一番難航したのはアイデア出しです。とくに代官山メタバーススタジオは「クリエイターにとってのプレイグラウンド」としての側面が強く、そのためスタジオのサイズ自体は非常にコンパクトです。だから、たとえば、カメラパンをするにしても、場合によってはLEDウォールからはみ出してしまうという弱点があります。本来のバーチャルプロダクションでは、どの方向にパンしてもCGを配置することができることを考えると、ここではパンする角度を考慮する必要があり、プランニングの難易度は他よりも高い可能性があります。
賜:そのこともあって、今回は馬場さんに10数個のアイデアをだしていただきました。
馬場:カメラを動かしたいという僕の希望と、LEDスクリーンからのはみ出してしまう問題との間では細かな調整が必要でした。その中で、「車の中からのトランクショット」というアイデアが浮かんだことで、最初は「車の後部座席に乗った犬の視点」で一貫して撮影するという企画を考えていました。しかし、実証実験という性質上、さまざまな方向性の実験を行う必要があり、そのアイデアはあくまで1つのシーンとして組み込むことにし、再度企画を練り直しました。
賜:特に時間をかけて検討したのが「リアル美術とLEDの組み合わせ」です。馬場さんには、様々なシチュエーションや条件でチャレンジ頂きました。事務所のシーンを撮影する際、カメラの手前に細かい小道具を作り込んでもらったんですが、LEDウォールと手前のレイヤー要素をうまく組み合わせることで、合成の馴染みがぐっとあがりました。
馬場:今回のミュージックビデオが、最初にコンテナで作られた事務所のシーンから始まるのは、広い映像を撮りたかったけど、LEDウォールの外が見えてしまうためにそれができなかったからです。その制約によって、壁を作って周囲を隠すというアイデアが生まれ、結果的に“ワンレイヤー加える”という変わった取り組みになりました。
Murasaqi:普通であればわざわざLEDを美術で覆い隠すような発想は出てこないかと思います。ですが、工夫から生まれたそのアイデアによって、結果的に魅力的な映像を撮影できたことには非常に満足しています。
ーー自由なロケ地選択やスタジオの規模による制約などがある中で、逆にそこをうまく生かしながら色々なアイデアが生まれてきたことはまさに実証実験だからこそという感じがします。
Murasaqi:そうですね。おかげでコンセプチュアルな作品ができたと思います。世界観設定を詰めないと3DCGは作れません。だから、今回も倉庫の売り上げ規模はどれくらいとか、そういうことも色々とディスカッションした上で世界観を仕上げていきました。
馬場:ダンボールに貼るラベルのQRコードを読み込むとtofubeatsさんのレーベル〈HIHATT〉のホームページに飛ぶようになっているなど、美術の細部までアイデアを詰め込んで、世界観が作り込まれた作品になったと思います。
Murasaqi:こういったことも、最初に配送センターが舞台になるということが制約によって定まった結果生まれた好反応です。配送センターのイメージを固めたことによってデザイナーのスケブリ(杉山峻輔)さんがデザインの方向性を定める手助けになったとしたら、幸いです。