バーチャルフォトグラファー・あまねこに聞く、仮想世界の“熱”を伝えることで溶けゆく「現実との境界線」

VR写真家が溶かす、”仮想と現実の境界線”

 昨今注目されている「XR」(クロスリアリティ)を中心に、バーチャルとリアルの境界は徐々に曖昧になりつつある。メタバースの世界が、我々の肉体が住まう現実世界に“侵食”し始めているのか、それとも人間の営みがメタバースの世界に“定着”し始めているのか。いずれにせよ、どちらも「誰かが生きている世界」であることに違いはないだろう。

 ところで、我々ホモ・サピエンスは進化の歴史のなかでひとつの知恵を生み出した。「記録」することだ。口伝で教訓を次世代に繋ぎ、象形文字を編み出して歴史を紡ぎ、絵や写真で情景を記録した。

 その行為は、当然メタバースにおいてもおこなわれている。そして、記録するだけではなく「メタバースと現実世界を繋ぐ」ことを志して活動する者も。2022年に『メタバース写真展』を開催、5月には『偽物の写真展』と題して個展を開いたバーチャルフォトグラファー・あまねこ氏だ。氏の経歴や、取り組みにあたっての具体的なアプローチ、そして個展を開催して得られたフィードバックについて伺った。

■あまねこ-Amaneko-

メタバース写真家。1996年5月6日生まれ。
2018年に『VRChat』と呼ばれるメタバースを体験
2020年よりメタバースフォトグラファーとして活動開始
2022年に『メタバース写真展』を開催

「写真を通じてメタバースと現実を繋げる」をテーマにフィジカルでの展示会を中心に行っていく。

活動を始めたのは「“メタバースと現実が溶けていくような未来”を作るために」

Photo by Amaneko(@Ama_neko_56)

――先日は『偽物の写真展』の開催、お疲れ様でした。まずは、あまねこさんが『VRChat』と出会ったタイミングと、その経緯を教えてください。

あまねこ:ありがとうございます。『VRChat』を知ったのは2017年の末くらいですね。バーチャルYouTuberの方が『VRChat』を使った動画を投稿されていたり、『VRChat』に関する配信をされているのを拝見したのがきっかけです。

 当時はまだ「メタバース」という言葉が大々的に叫ばれていなかったと思うのですが、こういうものがあるのか、面白いなと感じました。ただ、当時の私はそこまでスペックの良いパソコンを持っているわけでもなかったので、動画を見ているだけで。それをきっかけにその後は良いパソコンを購入して、『VRChat』を使うようになりました。初めて足を運んだところは『バーチャルマーケット2』でしたね。

ーー『VRChat』内で撮影をするようになったのはいつ頃からですか?

あまねこ:私が『VRChat』を使うようになったころにはすでに「カメラ機能」が実装されていたので、撮ること自体は初めからしていたんです。

 本格的に写真を撮るようになったのは、2022年の2月、3月ごろでしょうか? ちゃんと勉強して、綺麗な写真や多くの人に届くような写真を撮りたいと思ったんです。そこから本を買って勉強をはじめて、そうしていくうちに写真の展示会をやりたい、個展をやりたいと思うようになり、今回『偽物の写真展』の開催に踏み切っていった次第です。

――バーチャルフォトグラファーとしての活動以前から写真を撮ることについてなにかバックグラウンドがあったわけではなかったんですか?

あまねこ:そうですね。もともと写真は好きで撮ってはいましたが、ただ一般的に写真が好きというレベルで。スマホで撮ったりするくらいで、一眼レフやコンデジのようなきちんとした機材を持っていたわけではありませんでした。

――そこからプロの領域に足を踏み入れてやっていくことは、大きな一歩だったと思います。フォトグラファーとしての活動を始めるにあたって、大きな転機があったんですか?

あまねこ:作品として写真を出したいと思ったきっかけは、じつはメタバースではなくNFTにあるんです。NFTを通じて、絵を描いてらっしゃる方や写真を撮っている方と巡り合う機会があって。写真家やアーティストの方々の話を伺っていたときに、「私もメタバースの中でなにかできることがないかな」と思ったんです。作品としての写真を発表して、伝えられることがないかなと。それがきっかけで、本格的に写真に取り組むようになりました。

――2022年の3月にその決断をして勉強をはじめられたとのことですが、2022年のうちに早速『メタバース写真展』を開催されていますよね。

あまねこ:『メタバース写真展』にはまた別のきっかけがあったんです。FacebookがMeta社に切り替わったタイミングで、当時のメタバース界隈にバブルのような盛り上がりが起きていたじゃないですか。

 それまでのバーチャルの文脈とは異なる場所から情報が出てきたり、いろんな人がメタバースの世界に参入してきたので、その流れを見ていて思いついた取り組みでした。

 そうした流れが来るずっと前から、『VRChat』だけでなく『cluster』や『バーチャルキャスト』『Neos』『Decentraland』……源流をたどれば『Second Life』など、これまでにも色んなプラットフォームがあって、「『メタバース』という言葉ができる前からそれぞれのプラットフォームを楽しんでいる人たちがこんなにいたんだよ」ということを伝えたかったんです。

 その“生の情報”を伝えるのであれば、私がいろんなプラットフォームを周って写真を撮るよりも、いろんな方々にご協力いただいて写真を展示した方が説得力が高いと思ったので、『メタバース写真展』はその形で開催しました。

Photo by Amaneko(@Ama_neko_56)

――確かに『メタバース写真展』はすごくコンセプチュアルな展示でしたね。今お話いただいたように、様々なメタバースの歴史をまとめるような写真展になっていたのが個人的にも面白いと感じていました。あのタイミングでの開催は、後に続いていく人たちにとってもいいヒントになったと思いますが、反響はいかがでしたか?

あまねこ:評判は本当に良かったですね。ただ、6つのプラットフォームを中心にしたつもりではありましたが、実際来場していただいた方にお話を聞いてみると、それ以外にももっといろんなプラットフォームがあって、「なかにはなくなってしまったものもある」とか、「それでも写真は残っている」といったことなど、新たに知ることが多かったのも良かったです。2018年に“すでにバーチャルにいた方々”にとっても、新しい発見がある場所になったのではないかと感じています。

――写真展がそれまでの歴史・コミュニティの集積の場になったことはすごく面白いですね。あまねこさんの活動テーマのひとつには「写真を通してメタバースと現実を繋げる」ことがありますが、この活動テーマのルーツにはどのような考えがあるんでしょうか?

あまねこ:「いずれバーチャルとリアルの境界線はなくなっていく」といったことは、よく語られていることだと思うんです。私自身、2018年にバーチャルYouTuberの方々が『VRChat』を使って“自分の体”をシンクロさせてコミュニケーションを行っているのを見て「もうその時代はいつの間にか来ていたんだな」と感じたんです。

 その一方で、それを体験することは一般にはまだまだ知られていないんだな、とも思って。日本で10,000人を対象に「メタバースを知っていますか?」「体験したことがありますか?」というアンケートがおこなわれたことがあったそうなんですが、その結果によると「メタバース」の存在自体は8割くらいの方が知っていたそうで。ただ、体験したことがある人は5.5%くらいしかいなかったと。複数回使ったことがある人まで絞り込むと、もっと少なかったようなんです。
(参考:https://www.mri.co.jp/knowledge/column/20230330.html

 その“ギャップ”がまだまだあるんだなと感じたときに、もちろん誰かしらがその境界線を溶かすような活動をやってくれると思いつつ、「自分も何かやりたい」という気持ちになったんです。「自分が好きな写真で伝えられることはなにかあるかもしれない」と思って、“メタバースと現実が溶けていくような未来”を作るために活動しようと決めました。

――そういった方針を決めた中で、先日開催された『偽物の写真展』は、そのコンセプトを踏まえて行われた取り組みのひとつ目として大きなものになったと思います。

あまねこ:そうですね。「バーチャルと現実を繋げる」というコンセプトを考えると、まずは「バーチャルに触れたことがない人が来る場所」を用意しないといけないと思ったんです。メタバースに明るくない人が来やすい場所はどんな形だろう、と考えたとき、一般の人にとってはスマホベースのメタバースに足を運ぶことよりも、実際に足を運んで見に行くことの方が自然な行為であることに気付きました。

 私自身も最近美術館巡りをするようになったんですが、それまでは「美術館巡りをする人」というのはキュレーターの方や美術系の勉強をされている方など、芸術に関わりのある人たちが多いだろうと思っていたんです。でも、実際に行ってみるとそんなことはなくて、カップルもいれば修学旅行生もいて、親子連れや海外からの観光客もいる。

 いまはスマホひとつでメタバースに行けますが、メタバースやバーチャルに触れてこなかった人たちにとっては美術館やギャラリーに足を運ぶ方が自然な行為なんだろうなと思い、リアルでの開催に至りました。

Photo by Amaneko(@Ama_neko_56)

――『偽物の写真展』では、リアルとバーチャルの両方で体験できるようにしつつ、順序的にはリアルの展示を見た後にバーチャルに入ると、まるで「写真越しに見た世界に入り込んだ感覚になれる」という仕掛けも施されていて、その点も非常に面白いなと感じました。

あまねこ:写真を通じて、バーチャルとリアルの行き来がしやすい場所を作るということも目的のひとつでしたね。今回はVRを用いたメタバース体験を用意させていただいたんですが、そこで写真越しにバーチャルの世界を見てもらって「こんな世界があるんだ」と思ってもらったあとに「実際に撮影場所を見に行けるんですが、もしよかったら行ってみませんか」とお誘いして、HMDかぶっていただきご覧になっていただきました。

――実際に開催してみていかがでしたか?

あまねこ:すごく貴重な経験になりました。私は一般の高校、大学を出ていて美術の道を歩んでこなかったので、個展をやること自体が自分の人生にとって新しい挑戦だったんです。今回の個展は大体1年くらいかけて試行錯誤しながら開催したんですが、鑑賞してくださった方の話を聞くと新しい発見が生まれたり改善点が見えて、すごく経験になりましたね。次はその反省を活かして頑張ろうと、もう次のことを考えている段階なんです。

 あと、すごく嬉しかったのが、いろんなバーチャルフォトグラファーさんが見に来てくださったことです。「すごく刺激になった」とおっしゃってくださったり、「デジタルで見るものと印刷して仕上がった写真を額装して見るのとでは全然違う」と感想をおっしゃってくださったりして。見てくださった方に新しい刺激が生まれて、「新しいことをやってみよう」という気持ちになっていたことに、私もまた刺激を受けました。自分ももっと頑張らなきゃ、こういうことをやれるかもしれないと思うことができたのは、個展を開催して良かったことです。

――ちなみに、お話できる範囲で構いませんので、次回以降どんなことをやりたいかお伺いしてもよろしいですか?

あまねこ:今回の『偽物の写真展』で割り切っていた要素が1つあって、それは「自撮りやモデル写真をなるべく使わない」ということだったんです。アバターの写真を見せてしまうと、バーチャルを知らない人たちにはリアルと現実が繋がっているように見えなくなってしまうと考えているからです。

 もちろん、「アバターは現実が拡張された先の誰かの姿である」ということは伝えたいことの一つなんですが、1枚の写真でそれをすべて伝えるのはすごく難しい。なので、次回以降の展示ではそれを克服したいと考えています。

 アバターモデル写真を展示したときに、ゲームキャラに対するような「なんのキャラ?」といった疑問が浮かぶのではなく、“現実にいる誰か”という意味で「これは誰?」と感じてもらえるような写真を撮りたいと思っています。

Photo by Amaneko(@Ama_neko_56)

「音楽そのものが空間であってほしい」 キヌとmemexが語りあう“VRにおける音楽と空間表現”の醍醐味

音楽とバーチャル表現で人々がつながるイベント『SANRIO Virtual Festival 2023』。多くのミュージシャン・…

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる