獣と血、神秘が入り混じる世界を舞台にした名作アクション『ブラッドボーン』 その世界を表現する上質なフレーバーテキストの良さとは

『ブラッドボーン』の上質なフレーバーテキスト

 19世紀のヴィクトリア朝をモチーフにしたヤーナムという舞台、変形する「仕掛け武器」を基点にした高速の戦闘、物語の背景やそのつながりを思わせるフレーバーテキスト。こうしたさまざまな要素が人気を博し、アクションゲーム『ブラッドボーン』は、発売から7年近く経ったいまも根強い人気を誇る。

 筆者が以前の記事でも書いたように、フロム・ソフトウェアが手がけたゲームを語るなら、フレーバーテキストは欠かせない。プレイ体験を重視する同社のタイトルは、いずれもただ遊ぶだけで物語の全容を把握するには難しく、武器やアイテムに書かれたテキストによる補完も大切だ。

 そこで今回は、『ブラッドボーン』からオススメのフレーバーテキストを5つピックアップし、それぞれの文章の良さや、書かれた内容の背景などを解説していく。2019年に発売された『SEKIRO: SHADOWS DIE TWICE』、そして今年の『エルデンリング』と、国内でのヒット作が増えてフロム・ソフトウェアの知名度が高まっているいま、その魅力の一端を知ってもらえるとうれしい。

上位者の叡智

 本作の舞台・ヤーナムの各地で手に入るアイテム。使うと「啓蒙」というステータスが2増える。以下がそのフレーバーテキストだ。

 注目すべきは2段落目、ビルゲンワースという学校の長であるウィレームが言ったセリフ。句読点で句切られた一文は、短歌の五・七・五・七・七というリズムに近く、声に出すとテンポがいい。さらに、「思考の次元」や「瞳」など、ウィレームの知性を思わせる比喩的な言い回しも印象に残る。

 『ブラッドボーン』では「瞳」は重要な意味を持っていて、これを得ることは人間が「上位者」という高度な存在になる、あるいは上位者に対抗するための方法のひとつとされていた。しかし、「瞳」とはより高度な思考を指す暗喩なのか、あるいは3つ以上の眼球を宿すという直接的な意味なのか、そしてそれが実際になにをもたらすのかについては、作中でもぼかされているので判然としない。

 ヤーナムではおもに、ビルゲンワースを始めとし、医療教会とその分派である聖歌隊、メンシス学派という4つの勢力がある。元々医療教会は、思想の違いによりビルゲンワースから離脱した人々によって作られた組織だが、ほかのフレーバーテキストによれば、「脳液」というものを使って「瞳」を得ようとしていた。

 医療教会の分派である聖歌隊は「瞳」を提唱したウィレーム寄りの思想をもとに活動しており、一方のメンシス学派は、「瞳」を宿した脳を求め、実際に上位者から手に入れたという経緯がある。立場や手段は違っても、各勢力はみな「瞳」を求めているという構図だ。

 「瞳」を求めるというウィレームの発言から『ブラッドボーン』の本編に至るまでに、どれほど時間が経っているのかはわからない。とはいえ、彼の姿勢はほかの派閥にも受け継がれてきた。学長の言葉は、当時の人々にどれほどの衝撃を与えたのだろうか。

葬送の刃

 葬送の刃は、本編のボスであるゲールマンの撃破報酬「古びた狩人証」を持っているとショップに追加される武器。

 刃は曲剣とリーチの長い折りたたみの柄で構成されている。通常時は曲剣だが、剣を折りたたまれた方の柄に接続することで大鎌となり、攻撃のリーチが大きく伸びるのが特徴だ。このように変形の前後で姿が異なる武器を「仕掛け武器」といい、「獣の病」という病気に冒された患者を狩るのが目的の狩人には広く使われている。

 狩人たちにも所属している派閥があり、それぞれが擁する工房によって、直剣や双剣、槍にハンマーなど、さまざまな仕掛け武器が作られてきた。葬送の刃は「すべての工房武器の原点」とあるので、仕掛け武器はこれから始まったと言えるだろう。

 とくに注目したいのは、「最初の狩人」という言い回し。すべての始まり、起源、根源、萌芽など、もっと豪華な表現がありそうなのに、生ける伝説とも言えるゲールマンを最初というごくシンプルな表現で済ませていることからは、本作のディレクターであり、フレーバーテキストを手がけた宮崎英高氏のこだわりが感じられる。必要以上にでしゃばらず、におわせる程度にとどめる。フレーバーテキストの理想と言えるのかもしれない。

星の瞳の狩人証

 医療教会の会派・聖歌隊の一員であることを示す証。持っていると、店で聖歌隊にまつわる武器を購入できる。

 このフレーバーテキストの見どころは、宇宙の所在について書かれた3段落目。「すなわち」という言葉は、前の内容を受けて結論を出す際に使うので、以降の文章は議論の一部を切り取ったものだろう。前提として、聖歌隊は宇宙との交信を目指している。

 現代でこそ宇宙が頭上にあるのは常識だが、昔は地球は平面で、宇宙の中心であるとも考えられていた経緯を踏まえると、本作における聖歌隊の気づきは決して馬鹿にできない。思考の基になる前提から考え直すことで、それまで矛盾していた議論のつじつまがかみあっていき、頭にかかっていたもやが一気に晴れる瞬間。地球は丸い、地球は太陽の周りを回っていると初めて思った人々の感覚を、このフレーバーテキストの発言者は味わったのではないだろうか。

ガラシャの拳

 『ブラッドボーン』のダウンロードコンテンツ「The Old Hunters」中で手に入る武器。右手には近接攻撃主体の仕掛け武器、左手には銃を始めとする遠距離武器というのが本作の基本だが、ガラシャの拳は近接武器でありながら左手用の装備に分類されている。

 この文章の特徴な点は、「獣に殴りかかり、だが大きく~」のくだり。ここは文法的におかしい。正確にいうと、「だが」にかかる言葉が抜けている。つながりをしっかり書き示すなら、「銃を使えぬ彼女は、この鉄塊でただ獣に殴りかかった。鉄塊はただの物で、およそ武器とは呼べぬ代物『だが』、その一撃は相手を大きくよろめかせた」などとしたほうがいいだろう。鉄塊を使った攻撃に「だが」と否定的な意味をもたせた理由を書くわけだ。

 だが、それは文法的に正しいのであって、文章として優れているかどうかはまた別の話になる。上記のテキストにある『だが』には、たかが鉄の塊を使って殴りかかる無謀さと、それでも獣を圧倒するガラシャの凄まじさが込められている。結果、文字数を節約すると同時に考察の余地も生み出した。日本語としての精度はともかく、フレーバーテキストとしてはこちらのほうがいい。余韻にまつわる絶妙なさじ加減が、よく表れた説明と言える。

金のアルデオ

「車輪の狩人証」というアイテムを持っているとショップで買える装備のひとつ。頭部専用の防具として、金色の三角形をしているのが特徴だ。

 このテキストは、最初から最後まで読みがいがある。第2段落はとくに3行目が象徴的で、「穢れに対する不退転の覚悟、黄金の意思を見せつけるものである」は、一文の前と後ろのテンポがいいのはもちろんのこと、「不退転の覚悟」や「黄金の意思」など、声に出したくなるようなかっこいい表現が用いられている。

 フレーバーテキストに書かれている処刑隊とは、医療教会が発足する前後に活動していたと思われる組織のこと。穢れた血をたしなんでいるという「カインハースト」の血族を皆殺しにするのが目的だった。「穢れ」とはカインハーストそのものであり、なにがあろうと連中を殺し尽くすという執念が感じられる。

 3段落目には、処刑隊を率いたローゲリウスの発言が書かれている。おそらく誰かに投げかけられた質問に対する答えだろう。なかでも「善悪と賢愚は関係ない」とする言葉は印象的だ。

 あくまで筆者の見解だが、物事も頭脳も良し悪しを決めるのは個人の価値観であり、絶対的な答えのない不安定な存在である。だが不安定なままでいると自分の言動に迷いが生じかねないので、せめて「処刑隊は正しい」と信じるべきだとローゲリウスは言いたかったのかもしれない。

 「死にゲー」とも言われる高難度ぶりや、重厚なファンタジーなどを味わえる世界観はたしかにフロム・ソフトウェアのゲームの魅力だが、各装備やアイテムに添えられたフレーバーテキストも負けていない。それは『ブラッドボーン』でも変わらず、作中の文章を読むだけでも、物語やキャラクターへの理解は格段に深まる。今後本作を遊ぶことがあれば、ぜひこうしたテキスト群にも目を向けてみてほしい。

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