愛川こずえ×いとくとら対談 再注目される「踊ってみた」と「踊り手」の歴史を振り返る

愛川こずえ×いとくとら対談

 2022年10月8日~10日、ボーカロイド文化の祭典『The VOCALOID Collection ~2022 Autumn~』(通称:ボカコレ2022秋)が開催される。同イベントは2020年の冬に初めて開催され、今回で5回目を数える。

 ボカコレが終わった後は、10月11日~14日に『踊ってみた Collection ~2022 Autumn~』が控えている。これまでは「踊ってみたランキング」と題しボカコレの1コーナーとして扱われていた「踊ってみた」だが、今回初めて独立したイベントが開催されることになった。

 すでに『ボカコレ』はボカロPの登竜門としての権威性を備え、「ボカコレドリーム」とも呼べるヒット例も生まれている。『踊コレ』でもまだ見ぬ新星への期待が集まるなか、今回はでんぱ組.incでも活躍する愛川こずえと、7月にマヂカルラブリー・村上氏との結婚を発表したいとくとらによる対談が実現した。ともに踊ってみたの黎明期から活躍する踊り手として、昨今のボカロ・踊ってみたカルチャーの盛り上がりを、どのように見ているのだろうか。(ヒガキユウカ)

初投稿の動画についたコメントは「ローキックしたい」

――お2人の付き合いは、もう13年ぐらいになりますよね。

いとくとら:DANCEROID(編注:いとくとら、ミンカ・リー、愛川こずえによるユニット)を立ち上げるときに、私がこずえちゃんのことを誘ったのが最初だったかな。もっと前だっけ?

いとくとら

愛川:まだ踊ってみたや歌ってみたの公式イベントがなかったような時代に、個人主催のイベントにいくらさんが踊り手として出演していて。そこに遊びに行ったときに、話したような記憶があります。

いとくとら:そうだったっけ!(笑)。最初に見たとき、こずえちゃんはまだ高校生だったから制服姿だったんだよね。

――当時の踊ってみた界隈は、お2人から見てどんな世界だったんでしょうか。

愛川:ほかのカテゴリに比べると、交流が多かったように思います。基本的には直接会わないとコラボ動画も撮れないし、イベントで直接顔を合わせる機会も多かったので。「踊り手さんってみんな仲良いよね」と言われてましたね。投稿者もいまほど多くなかったので、「みんな知り合い」みたいな世界でした。

愛川こずえ

――お二人が投稿を始められた当時は、界隈もまだ黎明期だったと思います。改めて初投稿のきっかけをうかがえますか?

いとくとら:私は当時高校卒業したばかりだったんですけど、親の都合でマレーシアに住んでいました。すごく暇でひきこもりをしていて、ニコニコ動画をよく見ていたんです。ダンス経験があったのと、家にデジカメがあったので、「とりあえず暇つぶしになれば」という本当にざっくりした理由で始めました。

――初投稿の動画についた反応は覚えていますか?

いとくとら:結構覚えてますね。当時はいまより痩せていて細かったからだと思うんですけど、なんか「ローキックしたい」って書かれていて……危ないコメントだなと(笑)。

現存するいとくとらによる最古の動画「最強パレパレードを踊ってみた@いとくとら」(初回投稿動画は現在削除済)

愛川:(笑)。私も当時引きこもっていて、学校に行けなくなっちゃったんですよ。でもずっと家にいるとなると、まぁ暇じゃないですか。もともとパソコン触るのは好きだったので、いろいろ見ているうちに、47さんという踊り手さんが踊る「ハレ晴レユカイ」の動画を見つけて。私ももともとオタクで、「ハレ晴レユカイ」が好きで友だちと踊ったりしていたので、「自分にもできるかも」と思ったのがきっかけです。

 ただ、動画のエンコードの仕方もよくわかってなくて、画質がすごく悪かったり、音がダンスとずれちゃってたりしたんです。だから最初はアドバイス的なコメントをいただくことが多かったですね。「画質悪ww」みたいなものから「何とかっていうソフトを使った方がいいよ」までいろいろ……コメントのみんなに助けられながら、投稿を重ねるごとに少しずつクオリティが上がっていきました。誰だかわからないですけど、いろいろ教えてくれる方がいたんですよね、ニコニコ動画には。

――当時の踊り手の皆さんにとって、ニコニコ動画はどんな場所だったんでしょうか?

いとくとら:いま振り返ると、かなり閉鎖的な空間だったなと思います。YouTubeとかTikTokとか、いまはニコニコ動画もそうですけど、会員登録なしで見られるじゃないですか。昔のニコニコ動画はアカウントがないと視聴できなかったんですよね。

愛川:私が活動を始めたときって、オタク文化がまだ影のものとして扱われていた時代の、最後の方だったと思うんですね。表では「こういう曲が好き」とか、「ああいうアニメが好き」って言えない人たちも、ここに集まると好きを共有できる場所というか。いい意味での閉鎖空間だったなと思います。

ダンマス、ニコニコ超会議の影響力

――踊ってみたの歴史を振り返ったときに、大きな変化としてはどんなものが挙げられますか?

いとくとら:まず、見た目がもう全然違うものになっていると思います。昔の動画と今の動画を並べたら、同じ踊ってみた動画だと思わないくらいに。もちろんそれぞれの良さがありますけど、最近の動画はどんどん作品的にプロクオリティになってきてますよね。

――それは踊り手のみなさんのスキルアップはもちろん、デバイスやソフトの進化もあるでしょうし、動画を撮影、編集される方のスキルも含めて、クリエイター界隈が全体的にレベルアップしているからでしょうか。

いとくとら:そういった技術面ももちろんありますし、あとは踊ってみた自体の認知度が上がったことによって、プロの技術を持った人が携わりたいと思ってくださるようになったんじゃないかなと。いまは踊ってみたを撮ってくださるカメラマンさんも増えているんですけど、もともとカメラマンさんだった人たちが踊ってみたを知って、こっちの世界も撮ってくれるようになったそうなんです。

愛川:7~8年間ぐらい前の話ですが、公式イベントも含めて踊ってみたの露出がワーッと増えていったタイミングのときに、牛泥棒さんやギルティ†ハーツさん、アルスマグナさんみたいに、めちゃくちゃダンスがうまくてバキバキに動ける人たちがたくさん台頭していた時代がありました。それを見て憧れた世代が一生懸命ダンスを練習したり、衣装や撮影スタジオにこだわったりしてきた結果でもあると思いますね。

 あとは、『ダンマス(ニコニコダンスマスター)』も大きかったんじゃないかなと思います。踊ってみただけでイベントをすることに、当時は感動したんですよ。あれで“踊ってみた”というジャンルそのものが確立された感覚がありました。

――『ダンマス』については、第一回の開催が2011年でした。逆に言えばいとくとらさんはDANCEROIDを2009年に立ち上げられていて、そう考えてもかなり先進的な動きだったんですね。

いとくとら:自画自賛じゃないですけど、いま振り返ると自分でもすごい行動力だったなと思います。あの頃はまだ「踊ってみた」というものが確立されていなくて、ニコニコ動画の公式のイベントがあったとしても、踊ってみたはあくまでそのなかの一つのコーナーでしかなかった。そんななかで踊ってみたをやってる子たちでグループをつくって、DVDを出して、ワンマンライブをしようと思えたのは、当時の若さや勢いがあったおかげですね。

 たとえばいまのように、クオリティの高い踊ってみた動画をつくる人たちがたくさんいる中でデビューするのは、当時よりもっと勇気がいることかもしれません。あの頃はグループを組んでデビューするみたいなことを、踊ってみたの世界でやろうとした人がまだいなくて、たまたま最初の方にやらせていただけたのがきっかけとして大きかったです。

愛川:踊ってみたの歴史を振り返るなら、私は『ニコニコ超会議』の存在も大きかったなと思っています。一番最初のころって『ニコニコ超会議』と『ニコニコ超パーティー』が同じ日にあって、ひとまず『超会議』で初めていろんなブースに出たり見たりして、楽しんだ後に『超パーティー』でライブを見るみたいな流れだったんですよね。

 その前に『ニコニコ大会議』というイベントもあったんですけど、いまも続いている『超会議』が始まって、踊り手さんが公式イベントで振り付けを教えたりするのはそこが最初だったんじゃないかと思うんです。『ダンマス』とほぼ同じぐらいの時期かな。

――お2人同様、踊ってみたカルチャーのトップランナーの一人である踊り手・振付師のみうめさんが、10月に表舞台を引退する旨を発表されています。踊ってみたはかなり体力勝負なパフォーマンスなんじゃないかとは思うんですが、お2人は将来的にステージを降りた後の、セカンドキャリアのイメージはありますか?

いとくとら:私はもう、半分その「将来」に入りかけている段階なんです。イベント出演も、今年に入ったぐらいから少し控えめにしているんですね。次のステップとして、いまは配信活動がメインになっていて、そこで踊ってみたをすることもあります。

 でも、踊ってみたもせっかく長くやってきたし、長くグループ活動を続けてきた経験を何かに活かせるようになったらなとは考えています。新しい踊ってみたグループのプロデュースかもしれないし、グッズを作るのも好きなので、誰かのグッズデザインかもしれないし、やれることは多そうだなと思ってます。

愛川:過去にモーションアクターの仕事を何回かやらせていただいて、すごく楽しかったんですね。だからそういうのもまたできたらいいなと思うんですけど、モーションアクターもステージに立たないだけで、体はすごく使うんですよ。そのための体づくりや体力づくりを、年齢を重ねてもキープしていかなきゃいけなくて……まだ、具体的なことは浮かんでいないですね。

 ただ、やっぱり踊りがすごく好きなので、踊りに関係すること。それこそモーションアクターや振り付けをしていけたらいいなとは思います。

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