連載「わたしたちの『Live』」 第一回:TAKU INOUE
TAKU INOUEに訊く、“整頓された音”を作り上げるコツ Ableton『Live』だからこそ生まれるクリエイティブとは
DTMが普及するなかで、プロ・アマチュア問わず様々なアーティストがDAWを使うようになった時代。アーティストたちはどのような理由でDAWを選び、どのようなことを考えて創作しているのか。また、キャリアを重ねるうえで、自身のサウンドをどのように更新しているのか。
今回より、『Live』でお馴染みのAbletonとタッグを組み、それぞれのアーティストのDAW遍歴やよく使っているプラグインやエフェクトなどを通じ、独自の創作論に迫っていく連載企画「わたしたちの『Live』」がスタート。第一回には『アイドルマスター』や『鉄拳』などのサウンドクリエイターを経て、DAOKOやEve、anoなどにも楽曲提供を行い、直近ではメジャーレーベルでのソロ作リリースや、ホロライブの星街すいせいとのプロジェクト「Midnight Grand Orchestra」でのリリースなど、精力的に活動するTAKU INOUEが登場。一部では“イノタクサウンド”と呼ばれ愛されている、特徴的な彼の楽曲がどのようにして生まれ、現在も進化し続けているのか、その源泉に迫る。(編集部)
「空間をワイドに使う」ことをすごく意識している
――まずはイノタクさんのDAW遍歴について伺っていきたいのですが。
TAKU INOUE:中学生のときに父親が買ってきたパソコンの中にプリインストールされていたCakewalk Expressが、自分にとって最初のDAWでした。そのときはピアノロールじゃなくて五線譜で打ち込みだったんですけど、それが逆に取っつきやすくて。バンドスコアを見ながら打ち込んで遊んでいたのを覚えています。
――キャリア初期にapplebonkerというバンドを組んでいたように、はじめはバンド志向だったんですか?
TAKU INOUE:そうなんです。中学生のときにはもうバンド活動をしていて、Cakewalkで曲を作っていたんです。applebonkerを組んだのは大学生のときなのですが、“テクノ・ロック・バンド”としてパソコンを使ったバンドサウンドを作ることをコンセプトとしていて、そこで「Abletonの『Live』が良いらしい」と聞いて購入し、以降は20年近く『Live』をメインに使い続けています。
――使い続けているからこそわかる、『Live』のすごさとは?
TAKU INOUE:MP3とWAVを同じトラックに突っ込めたり、サンプリングレートが48kHzと96kHzのものを全部同じところに突っ込んでも大丈夫なのは結構すごいことなんだと、後から気付きました。僕自身、サンプリングミュージックが好きなので、DAWでもサンプルを直で並べて作ることが多かったのですが、サクサクと作れていたのはその仕様のおかげだったんだと知ったんです。
――イノタクさんは特にドラム周りの音に関して、サンプリング的な音作りをすることが多いですよね。クラブミュージック的な音の鳴らし方や生音のサンプリングも含め、『Live』は雑多な音を並べて作るうえでかなり使いやすいDAWであると。
TAKU INOUE:そうなんです。最初はサンプリングレートなども気にしていなかったのですが、仕事で『Protools』を触るようになると「こんなに面倒なことだったんだ……」と驚愕しちゃって(笑)。
ーー続いて、『Live』を使っていくなかで追加されて嬉しかった機能は?
TAKU INOUE:一番嬉しかったのは、『Live 7』でサイドチェインコンプが使えるようになったことですね。『Live』を使い始めたころは自分も大好きなフレンチエレクトロの全盛期で、ああいう音を作りたいとなるとサイドチェインは必要不可欠でしたから。それまでは機能として備わっているわけではなかったので、わざわざハードウェアのコンプレッサーを買って、そこのサイドチェイン入力に『Live』から出したキックの音を突っ込んで戻していたのですが、実装されたことで一気に楽になって、好きなアーティストに近い音が作れるようになったのは嬉しかったです。
最近だと、『Live 11』でコンピング機能(録音した複数のテイクの良い部分だけを選び、ひとつのトラックに組み合わせることができる機能)がついたのは嬉しかったです。楽器を録っているとコンピングを使いたい瞬間ってたくさんあって。『Live』ではコンピングが使えないからこそ生楽器を『Protools』で録っていたこともあったので、実装されたことでよりAbletonのみで完結できるようになりました。あとはトラックリンクも嬉しい機能でしたね。どんどん自分好みに進化していっているような気がします(笑)。
――コンピングは生楽器組には嬉しいですよね。アップデートとは関係なく、『Live』でお気に入りのプラグインや機能はありますか?
TAKU INOUE:プラグインはサードパーティのものを使うことが多いんですが、『Live』純正のもので使い続けているのは「Erosion」と「Redux」です。このふたつはサードパーティのプラグインでは出ない質感みたいなものがあって、ずっと使っています。
ーー「Redux」はダウンサンプリングをする際に使う人も多いかと思いますが、「Erosion」の独特さというのはどんなものでしょう?
TAKU INOUE:「Erosion」はホワイトノイズを付加するときに使っています。具体的にはドラムの抜けが悪いときや立ち上がりを良くしたい場合、あとはギターに使うことが多いです。
ーーギターに「Erosion」を使うんですか。
TAKU INOUE:そうなんです。これは大沢伸一さんがやっていた手法なのですが、ああいうビットクラッシュ的なプラグインをギターに挿すと、良い感じで土臭さが消えてオシャレな質感になるんです。自分で生のギターを録って、それに「Erosion」を使うというのはかなり多用しています。
――音がシャキっとする、ということですかね。
TAKU INOUE:まさにその通りで、いなたさが消えて洗練されたようなサウンドになるんですよ。僕自身、ディストーションのギターをクラブミュージックに乗せることで洗練されてないように聴こえて悩んだ時期もあったんですが、「Erosion」のおかげで「こうすれば馴染むのか」という感覚を掴むことができました。あと、一番使っている純正のプラグインは「Utility」ですね。ボリュームを書けるだけでかなり楽をさせてもらっていますが、最近は色々機能も追加されていて嬉しいです。
――『Live』を使いこなすうえで、同じDAWを使っているクリエイターと情報交換することはありますか?
TAKU INOUE:友人とはあまり情報交換をしませんが、『Live』はシェアが多いぶん、チュートリアル動画が沢山ネットにアップされているので、それらを参考にすることはあります。最近はKid LAROIの「STAY」のビートはどうやって鳴らしているのか、動画を漁って学びました。
――洋楽のTipsは本人が解説しているものを含め、本当に多いですよね。個人的にイノタクさんの音はシンプルかつ丁寧な作り方をしていて、まるでトメハネが綺麗で達筆な字のようだなと思っていて。もう少し具体的に言うと、帯域や周波数が綺麗に並んでいるような音作りがすばらしいなと感じているのですが、そのあたりに美学のようなものはあるのでしょうか。
TAKU INOUE:帯域被りはすごく意識して丁寧にやっていますね。整頓された音に自分自身がすごく魅力を感じるので。特に2000年代前後くらいのラウドロックは、すごく丁寧に整頓されているような印象があって。自分の作品もそうしたいと無意識に思っているのかもしれません。
――2000年代前後くらいのラウドロックというと、空間をワイドに使って綺麗に並べるようなイメージです。
TAKU INOUE:そうです。広い音場が好きなので「空間をワイドに使う」ことをすごく意識しています。あと、音が入る瞬間と同じくらいリリースする瞬間にこだわりがあって。「ここでピタっと切れてくれ!」という瞬間を逃さないよう構緻密にしていて、『Live』で言うと「Utility」でボリュームを書いたり、オーディオに直して波形でぶった切ったりしています。
――「リリースする瞬間」というのは先ほどお伝えした「トメハネ」を感じさせる部分なのですごく納得がいきましたし、これまで作ってきた楽曲は、まさにその「リリースの気持ちよさ」を活かすための音選びや配置にこだわっていた部分があるかと思います。ただ、直近だとMidnight Grand Orchestraの楽曲は、弦楽器にフォーカスが当たっていたことに衝撃を受けて。
TAKU INOUE:衝撃、ですか?
ーー弦楽器はリリースが伸びがちな楽器なので、その「トメハネ」との相性が悪いと思ったからです。ただ、じっくり聴いてみたらすごく絶妙なアレンジがされていて、これまでのイノタクさんの音とは違った、新たな一面を見られた気がしました。
TAKU INOUE:なるほど。どうせ新しい名義を立ち上げるなら、これまでにないことに挑戦したくて「オーケストラ」にフォーカスを当てたんです。元々ストリングスを多用するタイプではないのですが、いちリスナーとして好きな楽器ではあるので、これをうまく使ったポップスが作りたいと思って。ストリングスは全部生で録ったんですが、それでもリリースの部分は自分らしくなるように手を加えました。ぶった切るところは容赦なく切りましたし、良い意味で“ありえない処理”をしているところが多々あるかもしれません。
――ストリングスアレンジもイノタクさんが担当したのでしょうか?
TAKU INOUE:いえ、ストリングスアレンジは永山ひろなおさんにお願いしました。彼のストリングスアレンジがすごく好きなので、このプロジェクトを始めるにあたって彼に依頼しようと決めていたんです。
――良い意味で複雑怪奇なストリングスアレンジですよね。
TAKU INOUE:複雑怪奇にしてくれというのはこちらからもオーダーとして伝えていて、シンセを使って「こんな感じのフレーズで~」とお願いすることもありました。
――イノタクさんの得意ジャンルであるクラブミュージックとしても珍しい使い方ですし、どちらかといえばアニソンっぽく、どこか菅野よう子さんにも近しいストリングスアレンジにも聴こえて、新鮮なバランスでした。
TAKU INOUE:色々なストリングスの可能性を試して、聴いたことのないサウンドを作りたいと思っていたので、そう感じていただけたならこちらの思惑通りです(笑)。
――そして、その真ん中には星街すいせいさんが立っているという。
TAKU INOUE:彼女は声に”強さ”があるので、どんな挑戦的なことをしても、星街さんが歌えばMidnight Grand Orchestra名義として一本芯を通してくれるだろうという安心感はありました。表情豊かで表現力のすごくある方なので、そこは全幅の信頼を置きつつ、自分でもどうなるんだろうと楽しみだった要素です。
――弦楽器が前に来ているのですが、シンセもちゃんと鳴っているというバランス感も絶妙でした。
TAKU INOUE:そのバランス感はミックスのときに結構苦労しました。「SOS」の早いパッセージはシンセでストリングスと全く同じフレーズを重ねていたりして。それにも『Live』の「Audio To MIDI」(オーディオサンプルを一発でMIDI化させる機能)がすごく役に立ちました。