「どうしてそっちがリアルで、こっちがバーチャルなの?」 “VTuber”の存在意義を問うた、黛灰の活動終了に寄せて

黛灰の活動終了に寄せて

 「なんだかよくわからないけど、数年がかりでそんな大仕掛けなことをやっていたのか。SFっぽいことを仕込んで、演技するのも大変そうだな」

 大多数がそのような感想を抱くかもしれない。そういった感想は、この大がかりな展開が「成功」していたからこそ思える感想ではないかとも感じられる。

 重点になるのは、ストーリー・登場人物をメタ的に捉えながら演劇らしい役回りをこなしていたこと、「にじさんじの黛灰」という活動者人生の行く末をもベットしたこと、「リアル(現実)」or「バーチャル(仮想)」という二分立的な捉え方はナンセンスである、ということだ。

 まず、数年かけての大仕掛けや役回りは、どこかのタイミングでネタバレを口にしてしまったり感じさせてしまったらアウトであり、シリアスな展開が続くなかでひとときも「笑える」ムードすら許さない緊張感を崩すような真似は絶対にできない。

 自身の言動を意図して抑える必要があるうえに、コメントの声や他人との会話のなかでも注意しながら会話しなくてはいけない。しかも数年にわたってだ。ストレスがかかるのは想像に難くない。 

 次に、「どうしてそっちがリアルで、こっちがバーチャルなの?」という問いかけも、VTuberを知らない市井な方々による「キャラクターの絵をつかって喋ってる人たち」という認識を逆撫でするだけでなく、「VTuberはただの絵」「中の人になんて言ってない」とウソぶいて中傷・批判行為を繰り返す人たちにも届く可能性がある。その場合、強いパッシングが彼のもとに届きかねない。

 最後に、「新宿の街頭ビジョンジャック」という方法をとったこと。先にも述べたような強いパッシングが続き、間違った受け取られ方をすれば黛灰はおろか所属する運営会社にもパッシングが流れる可能性は当然ありえる。なにより、アンケート機能を使った投票結果次第では、自身の活動に見切りをつけていた可能性も否定できない

 2022年7月17日。にじさんじの同僚であるフミが企画する「#にZIP」に黛灰がゲスト出演し、それに合わせて”黛灰”といえば?でリスナーさんにアンケートを実施した。

 わずか数日ほどで3500件を超える回答が届き、1位に選ばれたのは「芸人」であった。「そんな気がしてた。いやだけどねこの評価、芸人ってプロの方じゃん?。そんな気安く名乗っていいもんじゃないよって常々言ってるんだ」と語る。

 機転の利いたトーク・立ち振る舞いが、にじさんじ内のリスナーに多く支持を受けていたのは記事の中でも記してきた通りであり、彼なりのお笑い気質な素振りが他メンバーとは趣の違うアクセントとなって映ってきた。

 大きな企画を綿々と続ける胆力とアイディア、リスナーの期待と不安をうまく綯い交ぜにして「人を楽しませよう」と試みるパワーとセンス、失敗を恐れずにチャレンジする姿勢にスポットライトを当てたい。

 立ち位置・構造を理解しその後を予想して行動していく、エンターテイメントのコアにしっかりと立脚した黛灰の活動歴とスタンスは、まさに『エンターテイナー』と呼ぶにふさわしいはずだ。

 なにより、あの手この手でこういった客観的・俯瞰的な視点で物事を捉える感性をリスナーやファンに広め、「他者を慮る」「相手を理解する」という意味合いとなって受け取られていった部分もある。

 10代から20代中盤がコアとなった若年層中心のリスナーにとっては、どことなく情操教育のようですらある。十二分に大きな功績といえよう。

 そんな彼が、7月28日に活動終了する。理由に挙げているのは「自分の活動とANYCOLOR株式会社とで方向性の違いがあったから」と語っており、今年の2月までに何度も協議を重ねたが、落とし所が見つからず引退を決意したと説明した。

 本稿では筆者がこの決断に対してなにかしらの考えを述べるつもりは一切ない。だが、客観的・俯瞰的・メタ的な立ち位置からエンターテイメントの面白さを提示していた彼が、「方向性の違い」で活動休止するというと、とても悲しい気持ちになるのは正直なところだ。

 活動終了前日となる7月27日の配信は、チャンネル登録者数60万人を記念した「生前葬」と銘打たれ、60人が来るまで終わらない凸待ち配信が行われる予定だ。にじさんじ所属のメンバーだけではなく、過去に何かしら関わりのあった人物などが対象となっている。

 最後の最後に「生前葬」という名の凸待ち配信を持ってくるところに、彼のセンスが光っている。活動終了後にもYouTubeチャンネルやTwitterアカウントは残り続け、一部のアーカイブは限定公開化、Twitterは鍵アカウントとなるとのこと。静かなるエンターテイナーの軌跡は、決して消えることなく後年に影響を与えていくはずだ。

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