自由の身になったブリトニー・スピアーズとメディアの関係 ドキュメンタリー『ブリトニー対スピアーズ』から考える

メディアの非道な報道

 2006年から2008年のメディアのブリトニーに対する扱いはひどいものがありました。ゴシップ報道が加熱した2007年は、歌よりも私生活ばかりが取り沙汰されました。

 バッシングの声は止まず、コメンテーターはブリトニーの精神状態について好き勝手にコメントしていました。ブリトニーを題材にした「ブリトニーが失ったもの」というクイズが行われ、「夫」「髪の毛」「正常な考え」といった答えが用意されたことも。

 ネット上にはブリトニーの自殺をカウントダウンするサイトまで登場していたとされています。そんなころ、彼女はメディアが自分からネタのおこぼれをもらうために躍起になっていることを歌詞に書いた「Gimme More」をリリースしています。その後、当時19歳だったChris Crockerさんが「25歳の母親が幼い子どもを2人も残して死ぬことを期待しているなんて信じられない」と涙ながらに訴えた「Leave Brotney Alone」という動画をアップロード。ところが、「アンナ・ニコール・スミス(オーバードーズにより39歳で死亡)の二の舞にしたいのか。ブリトニーだって一人の人間だ」といった彼の訴えも、笑いのネタとして消費され、メディアを含めた多くの人がキワモノ扱いしたのです。

 2008年に精神病等に入院した際には、「入院先でブリトニー・スピアーズが自殺」というチェーンメールが流行しました。同じころに、彼女が自殺してしまうのではないかと心配する記事が掲載されるように。

 風呂場にはブリトニー本人が書いたとされる生きることの苦しさや死が苦しみから解き放ってくれる解決策のように感じる旨が書かれた遺書らしきものがあったらしいと報じられるほど、彼女の精神が不安定であることは誰の目から見ても明らかでした。

 彼女を取り巻く状況が悪化するなか、筆者が1番驚いていまでも忘れられないのが、「マスコミはすでに彼女の死亡記事を用意しているようだ」と、あるコメンテーターがいったことです。これは籠城した後の話で、茶化すような内容ではなく、メディアのスタンスに疑問を呈するような形での発言だったはずです。しかし、どういう形であれ「自分の死亡記事が用意されている」なんて、ブリトニーの耳に入ったらどう感じるでしょうか。

 筆者は、当時カナダのバンクーバーに移り住んだばかりで、友人もいなく孤独と季節鬱に悩まされていいたため、自分の状態をブリトニーの孤独や境遇に重ね合わせて考え、心底同情しました。

成年後見人制度は人々を安心させたが……

 だから、2008年に成年後見人制度が適応されたときは、これで彼女の身の安全が確保され、守ってもらえるだろうと安心しました。しかし、事実は正反対だったことがドキュメンタリーでは明かされています。

 気持ちを高揚させる薬を飲まされ、日に10時間もカウンセリングを受けさせられ、ラスベガスに滞在して週末にショーをしていたころは、4年間で2日間しか外出できなかったそうです。

 番組で自由に発言することも許されず、オーディション番組『Xファクター』の審査員を務めていたときは、元婚約者であるジェイソンを同席させることが条件となっていました。これは番組出演が彼女の心理的ストレスになるからだと考慮された結果のようですが、初期のころの発言が当たり障りのないもので番組側が期待したようなキレが感じられなかったと評価していることからも、後見人が発言を制限していたからだと考えられます。

 『ブリトニー対スピアーズ -後見人裁判の行方-(原題:Britney vs Spears)』では、ラスベガスでのショー「Piece of Me」での「歌以外でマイクを使うのは違法に感じる」「勝手にしゃべっているのは違法みたいで変に感じる」という発言を取り上げています。

 ブリトニーの後見人制度に違和感を感じた人は少なくなかったはず。手を差し伸べて助けようとした人がいたことも、本作のなかで明らかになっています。しかし、過去13年間でその願いや努力が叶うことはありませんでした。

ブリトニーとメディア

 そして時は流れ、ブリトニーの後見人制度は局面を迎えることに。

 『Framing Britney Spears』の配信をきっかけに、世間が39歳の才能溢れる勤勉な女性が自由を奪われ奴隷のように働かされていることに、疑問の声を挙げ始めたのです。そしてその声はメディアが大々的に報じることで膨れ上がっていきました。彼女を追い詰めたメディアと、そのメディアが報じたニュースを消費した世間が、彼女の戦いを後押しする形になったのです。

 その後の結果は、すでに伝えた通り。11月12日に成年後見人制度は解かれ、ブリトニー・スピアーズは自分の人生を取り戻すこととなりました。勝利のきっかけとなった、2021年6月23日の審問でのブリトニーの発言は力強く、涙なしに聞くことができません。

 メディアは彼女の生活と精神を崩壊させました。しかし、後見人制度のもとで自由を失った彼女に手を差し伸べようとしたのも、彼女をそばで知るメディアや業界の人間でした。そして、彼女を窮地から救い出す後押しをしたのもメディアであるという事実がなんとも皮肉です。

 11月12日以降、ブリトニー・スピアーズは自由を謳歌する様子をInstagramで頻繁にアップデートしています。彼女がパパラッチに追いかけられ始めたころは、SNSのように自分から発信できるプラットフォームはありませんでした。これからはメディアのフィルターがかからない彼女の本心を聞く機会が増えることでしょう。

■作品情報
『ブリトニー対スピアーズ -後見人裁判の行方-』
Netflixで独占配信中

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