レディオヘッド×ゲームが生む“美しくて背筋が凍る体験” 『Kid A Mnesia Exhibition』から考える「表現手法としてのビデオゲーム」

レディオヘッドの“美しくて背筋が凍るゲーム”

 2021年9月10日、PlayStationソフトに関する今後の情報をまとめた『PlayStation Showcase 2021』が放送された。番組では多くの注目タイトルが発表されていったのだが、その中に、明らかに際立って異彩を放つ作品があった。

 ビデオテープを再生していると思わしきフレームの中で、一人称視点でゆっくりと動いていくノイズ混じりの映像。そこに映っているのは血のように赤い光が差し込む暗い空間で、床は吐瀉物を思わせるような汚れが散見され、その雰囲気は不穏そのものだった。そして、何よりこの映像を印象付けたのは、映像の背景でレディオヘッド「Everything In Its Right Place」の冷たい音色が流れていたことである。

Kid A Mnesia Exhibition - ティーザートレーラー

 このトレーラーによって発表されたのが、レディオヘッドによる初のビデオゲーム作品『Kid A Mnesia Exhibition』である。本作は彼らが2000年にリリースした『Kid A』、2001年にリリースした『Amnesiac』の発売21周年を記念した音楽作品『Kid A Mnesia』(2021年11月5日発売)を元に、同作の“展示会”をビデオゲームという媒体を用いて構築したものだ。

 同作は11月19日にPlayStation 5とPC(Win/Mac)向けに無料で配信が開始され、現在もダウンロードすることが可能である。もしプレイすることが出来る環境がある方は、一旦この原稿を見るのを止めて、ぜひ、前情報を伏せた上で触ってほしい。それくらい刺激的な作品である。

ビデオゲームによって体験する『Kid A』と『Amnesiac』

 『Kid A Mnesia Exhibition』の基本的な内容としては、(ごく一部を除いて)一人称視点でプレイヤーを操作し、展示会の会場を探索していくというシンプルなものであり、操作についても歩く・走る、ズーム、視点変更以外は存在しない。普段ゲームをプレイしない人であってもすぐに慣れることができるだろう。

 ゲームを起動すると、まずは『Amnesiac』のアートワークで描かれていた森からスタートし、右も左も分からぬまま歩みを進めていくと建物の入り口のようなものを発見することができる(あるいは探索好きな人であれば、この森の地下へと潜り込んでしまうかもしれない。本作には複数のルートが存在する)。そのまま前へと進んでいくと、LEDスクリーンの壁面によって囲まれた狭い空間が待ち受けており、突然「Everything In Its Right Place」のイントロが流れ、楽曲に合わせて壁面の映像が移り変わっていく。ここが展示会の入り口である。

 会場内には各楽曲をモチーフとしたエリアが用意されており、その曲の世界観や音を分解して再構築した空間と体験を楽しむことができる。ただ眺めるだけではなく、プレイヤーの動きや位置に応じて演出に様々な変化が生じるようになっており、例えば「The National Anthem」のエリアでは、同楽曲のメロディが流れる中で大量に積み上がったテレビが不規則に映像を流し、中央に琥珀色の柱がそびえ立っているという空間が広がっているのだが、実際にこの柱の中に入ってみると楽曲を象徴するドラムとベースのフレーズが聴こえてくる。本作にはこういったビデオゲームならではのインタラクティブな仕掛けが沢山用意されており、文字通り『Kid A Mnesia』を体験することができる。

 とはいえ、本作は単なる小綺麗にお膳立てされた展示会ではない。エレクトロニック・ミュージックを基軸とした硬質で冷たいサウンドを中心に据えた『Kid A』と同作から音楽性を派生させた『Amnesiac』がモチーフとなっていることや、レディオヘッドのアートワークにおける人間を皮肉ったダークなユーモアや退廃的な世界観からも想像できる通り、本作の世界観は総じて異様である。各エリアの持つ陰鬱とした独特な雰囲気に加え、エリア間を繋ぐ廊下の壁にはおびただしい数の不気味なアートワークや手書きの歌詞が描かれており、会場内には謎の黒い棒人間が何人も徘徊していて、落ち着く場面はほとんどない。思わず背筋を凍らせてしまうような、先に進むことを躊躇うような瞬間も少なくなく、本作のプレイフィールは前述のシンプルな操作とインタラクティブ性も相まって、『Layers of Fear』や『>observer_』といったウォーキング・シミュレーター系のホラー作品に近いと言えるだろう。それはつまり、本作がレディオヘッド的な体験、ゾッとするような質感があるからこそ感じられる圧倒的な美しさを、ゲームという媒体に対して骨の髄まで落とし込んでいることを意味している。

 また、「単なる展示会ではない」というのは、世界観だけではなく、本作の空間自体についても同様である。作品中の幾つかのエリアにおいては現実に構築するのは絶対に不可能な設計が施されており、たとえばどれだけ上っても(あるいは下っても)無限に続いていく塔であったり、床面が存在しないエリアであったり、あるいはそれ以上に、もはや建築物という概念を超越した、まさに解体された音の粒子の一部となるような展開までもが用意されている。こういった非現実的な空間そのものもまた、本作が提供する体験の一つとなっており、これはまさにビデオゲームという媒体でなければ実現することができないものである。筆者個人としては、本作のプレイ中にはビデオゲームによるインタラクティブ体験の金字塔と言える『Rez Infinite』の「Area X」を思い出してしまう場面もあった。

 ひとつ、気になる点があるとすれば、会場内部を散策していると時折QRコードを見つけることができるのだが、何が出てくるのか期待しながらスキャンすると、本作に関連するグッズの販売ページに繋がって拍子抜けする場面があったことだろうか(最終地点に用意されたQRコードをスキャンしてもやはり通販サイトに飛ばされるため、さすがに笑ってしまった)。ここでアートワークを出したりするだけでも、本作のインタラクティブな体験が更に現実まで拡張されてより刺激的になったのではないかと思ってしまったため、この部分についてはちょっとガッカリしてしまったというのが正直なところである。とはいえ、それ自体は些細なマイナスポイントであり、本作に用意された濃密な体験を損なうものではない。仮にレディオヘッドのファンでは無かったとしても、『Kid A Mnesia Exhibition』が提供するものは(ビデオゲーム全体を踏まえた上でも)極めてユニークで美しく、背筋が凍るほどにゾッとするような体験であり、一度触れてみる価値はあるはずだ。

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