いま、バーチャルヒューマンの領域で開発をする意味とは 技術者集団・BASSDRUMに聞く

バーチャルヒューマン領域を開発する意味

BASSDRUMは「技術の総合病院」国内でも希少な一気通貫のクリエイティブチームに

ーーまずは、XR SQUADを立ち上げた経緯をお伺いしてもいいですか?

清水:2019年の秋ぐらいから、XRの大きめの案件をいくつか受けていたのですが、その後コロナも相まって、オンライン配信などのお仕事が増えていったんですね。そうやって場数を踏んでいくうちに、実績が実績を呼んで、XR関連のお仕事が少しずつ来るようになりました。それで、毎回モーショントラッキング機材をレンタルしてるとレンタル費用がかさむので、思い切って自分たちで買うことになったんです。高い機材を買ってしまうと、投資分を回収するために積極的に営業する必要がありますよね。そのためにわかりやすい名前をつけて組織化したのが理由の1つです。

 もうひとつの理由として、2019年あたりから、GPU(コンピュータのグラフィック演算装置)の発達や描画のクオリティ、描画速度が上がって、本当に現実が拡張できるレベルまで来たなと実感したんですよ。それまでのAR表現は、実用に耐え得る精度ではないと私の中では感じていたので。仕事として取り組めるレベルになったということは、そこに楽しい仕事がたくさん発生するわけで、楽しい仕事に恵まれるためには、それが得意であることをアピールしないといけない。メンバーに対しておもしろい仕事を供給するのが私の大事な役割なので、そういう領域には触手を伸ばしておくようにしています。

 さらにもう1つの理由として、なんでもできるチームが自然と出来上がっていたことですね。通常、機材担当のテクニカルディレクターや、ソフトウェアの技術者、あるいはハードウェアと映像でのレンダリングを連動させるシステムは、どこも分業なんですよ。最初から最後まで手がけることができるチームが、少なくとも日本には全然なかったんです。だけどBASSDRUMはいろんなタイプの技術者を集めていたから、気付いたら最初から最後までできるようになっていて、これは一つの価値として世の中にアピールできるなと思ったんですね。

ーーテクニカルディレクションの専門組織という打ち出し方をされていますが、いろんなことがパラレルにできる人材が一つの組織に集まってるのがすごく特殊で。人と人とのかけ算でいろんなものが生まれそうですよね。

清水:おっしゃるとおりで、テクニカルディレクターって、普通は各社に1〜2人くらいしかいないんですよ。それだと横に情報が共有されないから、いろんなところで同じ失敗が起こるんです。

 たとえば、12年前にMicrosoftからKinectというハードウェアがリリースされたとき、安価に物体の深度を計測できるセンサーということで、各社のテクニカルディレクターがこぞって買ったんですが、クセがないわけではないのでみんな同じ失敗をするんですよ。横に情報や経験が共有されていれば、誰か1人の失敗で済むのに。なので各社でノウハウを溜め込まず、みんなで共有することで、職業全体のベースアップを図ろうと思ったんです。

 なぜベースアップが必要かというと、ビジネスの場における技術者は、物言わぬ職人として動くようなことも多く、どうしてもマネジメント層から下に見られてしまいがちだからなんです。これは仕事上のリスペクトを持ってもらえないだけではなく、報酬にも影響します。ただ、クリエイティブやビジネスの話がわかる技術者はどこの領域にも必要ですから、その必要性をわかってもらわないといけないし、そのために技術者が一つのチームに集まって市場で力を持つことで、単価も含めて、存在感価値を高めることが目標でした。

 これがスタートだったんですけど、実はさらに面白いことがあって、いざいろんなテクニカルディレクターを一つのチームに集めてみたら、さまざまな領域を網羅できるようになったんです。多くの会社はハードウェア専門とか、展示物専門とか、得意分野があると思うんですけど、我々は何でもできる状態になってしまったんですね。どんな案件がきても、メンバーの誰かに聞けばわかるし、話を進めていける。私はいつもBASSDRUMについて話すとき、眼医者とか歯医者とかではなく、「総合病院です」と説明します。“技術の総合病院”って、今までにあまりないんです。コロナ禍になって、DXやらなきゃ、デジタル化しなきゃと危機感を抱きつつも、どんな技術を使って何をしていいかわからない人はすごくたくさんいて、そんなときにBASSDRUMに相談に来てくれると、これを使ってこうした方がいいですねってアドバイスが出来るので、より適切な提案をすることができるフォーメーションだと思っています。

エッセンシャルワーカーとしての責任をまっとうしつつ、面白い仕事も追求したい

ーーバーチャルヒューマン領域は、今まさに発展途上だと思いますが、この辺りはどのように捉えてらっしゃいますか?

清水:質感やビジュアル面をリアルに再現することにおいては、かなりいいところまで来ていると思うんですよ。ただ所作や、人間らしい振る舞いを反映させたときに、未成熟なところがあります。いわゆる不気味の谷ですね。ちょうどそのタイミングに、AIで筋肉や体の動かし方の不自然さを解消していく研究開発が、西海岸のゲーム会社を中心に見られるようになりました。今後2〜3年したら、かなり使える技術として世に出ると思いますよ。

ーー2022年以降、ご自身やBASSDRUMさんは、どんなことに取り組んでいきたいですか?

清水:コロナ禍で「エッセンシャルワーカー」という言葉が使われるようになりました。医療従事者やライフラインを整備する人たちを指す言葉ですが、東日本大震災のときは、デジタルに携わる仕事はまだまだエッセンシャルではなかったんですよ。でも今回のコロナ禍では、いつの間にか、デジタルの領域が世の中の仕組みを設計し、つくる、エッセンシャルワークになりました。そこはもうコロナが終息しても変わらないですよね。エンターテインメントにせよ、ウェブサービスにせよ、デジタルを絡めることが絶対必要になりました。それゆえに我々としては、打席は増え続けるだろうなと考えています。

 一方で日本は高齢化社会です。たとえばエンターテインメントの領域では、作り手としておもしろい機会をもらえるのは日本ではなくなってくると感じています。国内ではなかなか刺激的でおもしろいサービスやコンテンツをローンチすることができなくなってくるので、コロナが終わったら、これまでXR SQUADなどで培ったものを、若い人が多い国に輸出していきたいですね。

 エッセンシャルな立場として、立てる打席には立って世の中の役に立ちたいというところと、エンターテインメントの領域では積極的に外に出て行きたいという2軸ですね。

ーー海外の動向で今気になっていることや、挑戦したい分野などはありますか?

清水:私の中で、「教育」は1つのテーマです。いまはスマホの普及もあって、インターネットがなかったアフリカの村でも使えるようになっているんですよ。それって世の中の構造を変えてしまう動きともいえますよね。そういう人たちが、先進国との格差がない形で情報を受信して、学んでいくためのスタジオを作ることもできると思うし、エンターテインメントやコンテンツを供給することもできるし、やれることは無数にあると思っています。

 これは私自身のクリエイターとしての欲になっちゃうんですが、私が小学2年生のときにファミコンが出てきて、『スーパーマリオ』をはじめとしたコンシューマーゲームが登場したときって、ものすごい影響を受けたんです。やっとインターネットが届いた子どもたちに向けてコンテンツを発信することで、もしかしたら自分たちの作ったものが『スーパーマリオ』的なものになるかもしれない。それってすごくやりがいのある仕事ですよね。世の中にはそういったやりがいのある仕事がたくさん転がっているはずで、それをチームに供給するのが私の責任でもあるので、いまお話したようなことをやっていけたら、それは技術者冥利に尽きます。

ーー人の人生を変える体験を世界規模で実現できたらすごいですし、それが教育に繋がれば、世界全体の質が向上しますよね。先進国だけでなく発展途上国にもデジタル教育を届けることは、社会課題として世界的に共有されているものですし。誰がそこを代表して進めていくかが不透明な部分もあるので、BASSDRUMさんが開拓していくのをぜひとも見届けたいです。

清水:そこで人のお金を奪おうとか、世界を征服してやろうというモチベーションではなく、私心無く世の中の役に立っていけたらいいなと思います。そういう意味でも我々に任せてくれれば、よりよいものをつくることができるかと思うのでよろしくお願いいたします。

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