ディスタンスパンクが生み出す空間移動のノスタルジー:宮本道人氏×松永伸司氏インタビュー(後編)

 ディスタンス・アートの概念を紹介した宮本道人氏と、ゲームスタディーズの研究者であり『ビデオゲームの美学』の著者である松永伸司氏をゲストに迎えた対談企画。前半【ソーシャルディスタンスが変えた創作のスタンダード:宮本道人×松永伸司が語り合う(前編)】では、Web会議サービス「Zoom」の普及がインターネットカルチャーに与えた影響に加えて、閉鎖的な生活環境と手軽なレコーディング技術によって日常そのものがコンテンツ化されるようになったトレンドについて語られた。

 後半では、物理的な距離とともに失われた人間関係における余剰の文化をはじめ、コロナ禍によって変化した人々の常識がビデオゲームをはじめとしたフィクションの世界へ与える影響、ソーシャルディスタンスによって生み出された新たなスタンダードが将来的に人々の文化活動を二分してしまう可能性について語られる。

空間の変化が人間関係に与えた影響

松永伸司(以下、松永):ソーシャルディスタンスが重要視される社会では、「場所」というものの性質が大きく変わったと思います。従来の人間関係は、空間の連続性の上に成り立っていたものだったと思います。しかし、Zoomのようなオンラインプラットフォームの中では、本来の空間が持つ距離や位置関係といった概念がなくなっています。

 それに伴って、たとえば集合場所に移動する時間とか、勉強会や飲み会の後に生じる解散までの微妙な時間といった、本来の目的から外れた余剰の中で生み出されていた文化が良くも悪くも失われましたよね。偶然誰かに出会うような環境がなくなってしまいました。

宮本道人(以下、宮本):新しいつながりが減っている気がしますね。ネット上で人と知り合う機会は多くても、その後も長く交友関係を深めていけるケースは比較的少ないのではないでしょうか。もちろん個人差はあると思いますが、出会いの場は確実に減っていますよね。すでに密だったつながりはさらに密になるけれど、薄いつながりはさらに薄くなっていく印象です。

 それは動物的な本能とも関係しているのかもしれません。Zoomの飲み会を例にあげると、それぞれが自宅からアクセスしているので同じ空間を共有した感覚がないんです。つながりを深める親近感は本来、どこかへ一緒に出かけることで生まれていた部分も大きかったわけです。

 そういう意味で、spatial.chatのような会話の中に距離の概念を取り入れたバーチャルビデオチャットツールは、空間を共有した感覚を演出する上で効果的な手法だと感じました。あとspatial.chatは、一つの空間を異なる目的で同時に使用できるのが特徴です。右側半分を会議室として使いながら、左側半分をライブハウスとして使うといった掛け合わせもできます。同じ空間を時間によって様々な用途に用いることも簡単ですし、そうやって空間の性質が変容している側面もありますよね。

松永:ソーシャルディスタンスによって現実空間が不自由になったかわりとして、ビデオゲームのようなバーチャル空間が便利な場として使われているのは自然な流れでしょうね。一方で、ARのような、バーチャル空間を作りあげるのではなくて、すでにある現実空間にバーチャルなオブジェクトをかぶせることで現実空間を豊かにするタイプの創作活動にとっては、もしかしたら逆風なのかもしれません。

宮本:確かに外で遊ぶ代替現実ゲームや位置情報ゲームは遊びにくくなりましたね。一方、在宅という環境をうまく利用した作品は、今後さらに増えていくのではないでしょうか。拡張現実ゲームでは、Microsoft HoloLensの「Fragments」(2017年、Asobo Studio)のように、プレイヤーがいる現実空間を犯罪現場として演出することで空間の広がりを感じさせるものもあります。

 このような作品はプレイヤーの周囲の空間の在り方に依存してしまい、特に家屋や部屋が狭い日本では流行らないかもしれませんが、それぞれの居住環境に合わせた細かい調整さえできれば、大きく化ける可能性はあると思います。

 そんな中、カメラを通して現実空間を利用する作品が注目されていますね。「リアル脱出ゲーム」で知られるSCRAPの没入型演劇「SECRET CASINO」は、観客自身も登場人物として物語に入り込めるという点において、もともとビデオゲームとして作られていない作品にゲーム性を演出したケースです。

 YouTubeで視聴者のコメントを拾うことで演技を進める劇団が登場したり、オンライン対戦ゲーム『Fortnite』(2017年、Epic Games)の中でライブコンサートが開催されたり、こういう状況だからオンラインの空間で知らない人とつながることに対する参加障壁が低くなってきている気がします。 

松永:ある種のお祭りというか非日常として楽しむという面もあるかもしれないし、現実空間でできることが少なくなったことで、オンラインのプラットフォームが日常の場になったという面があるかもしれませんね。どちらにしろ、いままでインターネットカルチャーに積極的に関わってこなかった人々の意識がシフトしているというのはあると思います。

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